・・・私が父や兄に対する敬愛の思念が深ければ深いほど、自分の力をもって、少しでも彼らを輝かすことができれば私は何をおいても権利というよりは義務を感じずにはいられないはずであった。 しかしそのことはもう取り決められてしまった。桂三郎と妻の雪江と・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・現代の新婦人連は大方これに答えて、「そんなお人好な態度を取っていたなら増々権利を蹂躙されて、遂には浮瀬がなくなる。」というかも知れぬ。もし浮瀬なく、強い者のために沈められ、滅されてしまうものであったならば、それはいわゆる月に村雲、花に嵐の風・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・従ってローマン主義の文学は永久に生存の権利を有しております。人心のこの響きに触れている限り、ローマン主義の思想は永久に伝わるものであります。これに反してナチュラリズムの道徳は前述の如く、寛容的精神に富んでいる。事実を事実としてありのままを描・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・この「告別の権利」が、自分になくって来客の手にあるということほど、客に対して僕を腹立たしくすることはない。 一体に交際家の人間というものは、しゃべることそれ自身に興味をもってる人間である。こうした種類の人間は、絶えず何かしらしゃべってな・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ いくら資本主義の統治下にあって、鰹節のような役目を勤める、プロレタリアであったにしても、職業を選択する権利丈けは与えられているじゃないか。 待って呉れ! お前は、「それゃ表面のこった、そんなもんじゃないや、坊ちゃん奴」と云おうとし・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・隣家の貧富は我家の利害に関係なしと雖も、夫の婬乱不品行は直接に妻の権利を害するものにして、固より同日の論に非ず。抑も一夫一婦家に居て偕老同穴は結婚の契約なるに、其夫婦の一方が契約を無視し敢て婬乱不品行を恣にし他の一方を疏外するが如きは、即ち・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・走者ある事情のもとに通過の権利を失うを除外という。審判官除外と呼べば走者(または打者は直ちに線外に出でて後方の控所に入らざるべからず。除外三人に及べばその半勝負は終るなり。故に攻者は除外三人に及ばざる内に多く廻了せんとし防者は廻了者を生ぜざ・・・ 正岡子規 「ベースボール」
文学の歴史をみわたすと、本当に新しい意味で婦人が文学の活動に誘い出されて来たのは、いつも、人民の権利がいくらか多くなって、すべての人が自分の考えや感じを表現してよいのだ、という確信を得た時代であった。 明治はじめの自由・・・ 宮本百合子 「明日咲く花」
・・・「何か娑婆で忘れて来た事があるなら、一日だけ暇を貰って帰って来る権利があるのだ。正当に死ねるはずの時が来て死んだものには、そんな権利は無い、もう用事が無いはずだからな。自殺したものとなるととかく何かしら忘れて来るものだ。そのために娑婆の・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ それゆえ私は、現在の自分もまた小さい一つのファウストを描く権利を持ちたい。私は体験の渦巻のなかにいる。そこに一つの Leitmotiv が現われる。そして磁石のように砂のなかからただ鉄のみを吸い上げる。それはほとんど本能的である。かく・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫