・・・保吉は横目を使いながら、ちょっとその本を覗きこんだ、Essai sur les ……あとは何だか判然しない。しかし内容はともかくも、紙の黄ばんだ、活字の細かい、とうてい新聞を読むようには読めそうもない代物である。 保吉はこの宣教師に軽い・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・そうして、そっと横目を使って、老人の容子を見た。道士は、顔を李と反対の方に向けて、雨にたたかれている廟外の枯柳をながめながら、片手で、しきりに髪を掻いている。顔は見えないが、どうやら李の心もちを見透かして、相手にならずにいるらしい。そう思う・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・彼は横目で時計を見た。時間は休みの喇叭までにたっぷり二十分は残っていた。彼は出来るだけ叮嚀に、下検べの出来ている四五行を訳した。が、訳してしまって見ると、時計の針はその間にまだ三分しか動いていなかった。 保吉は絶体絶命になった。この場合・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・己れっちらの境涯では、四辻に突っ立って、警部が来ると手を挙げたり、娘が通ると尻を横目で睨んだりして、一日三界お目出度い顔をしてござる様な、そんな呑気な真似は出来ません。赤眼のシムソンの様に、がむしゃに働いて食う外は無え。偶にゃ少し位荒っぽく・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ これが親仁は念仏爺で、網の破れを繕ううちも、数珠を放さず手にかけながら、葎の中の小窓の穴から、隣の柿の木、裏の屋根、烏をじろりと横目に覗くと、いつも前はだけの胡坐の膝へ、台尻重く引つけ置く、三代相伝の火縄銃、のッそりと取上げて、フッと・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ と従七位は、山伏どもを、じろじろと横目に掛けつつ、過言を叱する威を示して、「で、で、その衣服はどうじゃい。」「ははん――姫様のおめしもの持て――侍女がそう言うと、黒い所へ、黄色と紅条の縞を持った女郎蜘蛛の肥えた奴が、両手で、へ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・―― 一度横目を流したが、その時は、投げた単衣の後褄を、かなぐり取った花野の帯の輪で守護して、その秋草の、幻に夕映ゆる、蹴出しの色の片膝を立て、それによりかかるように脛をあらわに、おくれ毛を撫でつけるのに、指のさきをなめるのを、ふと見ま・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・下女のおはまがそっと横目に見てくすっと笑ってる。「このあまっこめ、早く飯をくわせる工夫でもしろ……」「稲刈りにもまれて、からだが痛いからって、わしおこったってしようがないや、ハハハハハハ」「ばかア手前に用はねい……」 省作は・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 女中は茶を注ぎながら、横目を働かして、おとよの容姿をみる。おとよは女中には目もくれず、甲斐絹裏の、しゃらしゃらする羽織をとって省作に着せる。省作が下手に羽織の紐を結べば、おとよは物も言わないで、その紐を結び直してやる。おとよは身のこな・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・同じヤマコを張るなら、高目に張る方がよいと、つい鼻の先の通天閣を横目に仰いで、二階建ての屋根の上にばかに大きく高く揚げたのだ。 そのように体裁だけはどうにか整ったが、しかし、道修町の薬種問屋には大分借りが出来、いや、その看板の代金にした・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫