・・・すると岩殿と云う神は、天魔にも増した横道者じゃ。天魔には世尊御出世の時から、諸悪を行うと云う戒行がある。もし岩殿の神の代りに、天魔があの祠にいるとすれば、少将は都へ帰る途中、船から落ちるか、熱病になるか、とにかくに死んだのに相違ない。これが・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・「今日なども顔を出しよらん横道者もありますじゃで……」 仁右衛門は怒りのために耳がかァんとなった。笠井はまだ何か滑らかにしゃべっていた。 場主がまだ何か訓示めいた事をいうらしかったが、やがてざわざわと人の立つ気配がした。仁右衛門・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ これでは話が横道へ這入った、それからおれが松尾へ往きついてもまだ日が出なかった、松尾は県道筋について町めいてる処へ樹木に富んだ岡を背負ってるから、屋敷構から人の気心も純粋の百姓村とは少し違ってる、涼しそうな背戸山では頻りに蜩が鳴いてる・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・ そこを出て、明るい通りから、横道にそれますと、もう、あたりには、まったく夜がきていました。その夜も、日の短い冬ですから、だいぶふけていたのであります。そして、急に、いままできこえなかった、遠くで鳴る、汽笛の音などが耳にはいるのでした。・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・しかしそれと同時についその案内記に誌してない横道に隠れた貴重なものを見のがしてしまう機会ははなはだ多いに相違ない。そういう損失をなるべく少なくするには、やはりいろいろの人の選んだいろいろの案内記をひろく参照するといい。ただ困るのは、すでに在・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 話は横道に外れるが、盥に入れた湯の湯気の上り方を見れば、だいたいの温度の見当がつくものである。しかしいつか赤ん坊をいきなり盥の熱湯に入れて、大火傷をさせた女の話を聞いたことがある。これなどはちょっと想像のつきかねることである。たぶんそ・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・ こおろぎやおけらのような虫の食道には横道にそのうのようなものが付属しているが、食道直下には「咀嚼胃」と名づける袋があってその内側にキチン質でできた歯のようなものが数列縦に並んでいる。この「歯」で食物をつッつきまぜ返して消化液をほどよく・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・そうして「ホーマーのおかげで詩は横道に迷い込んでしまった。ホーマー以前のオルフィズムこそ正しい詩の道だ」と言ったそうである。 この所説の当否は別問題として、この人の言う意味での正しい詩の典型となるべきものが日本の和歌や俳句であろう。雄弁・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・それでいて、こまかくいろんな横道が万一の時の用心にきっちりかかれている。ロンドンのいりくんだ下街のゴチャゴチャを、外国人のレーニンがああいう風に精密に我ものにしたところに、そして、また地図を書いてやるその書きかたに彼の指導者としての器量をつ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・―― 余り、横道に入らず、又、家のことに戻ろう。 今居る片町十番地の家が見つかったのは、八月の下旬であった。 赤門前に頼み始めた頃から、此処に空家のあることは分って居たのだ。が、自分には余り場所が悪く思われた。恐ろしく貧弱に感じ・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
出典:青空文庫