・・・ンや一本三銭の水筆に比べると何百倍という高価に当るのだから、それが日に百本も売れる以上は、我々の購買力が此の便利ではあるが贅沢品と認めなければならないものを愛玩するに適当な位進んで来たのか、又は座右に欠くべからざる必要品として価の廉不廉に拘・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・ だが、第三金時丸なり、又は淫乱婆としては、それは必要欠くべからざる事では、あっただろうが、何だってそれに雇われねばならないんだろう。 いくら資本主義の統治下にあって、鰹節のような役目を勤める、プロレタリアであったにしても、職業を選・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ゆえに今、我が邦にて洋学校を開くは、至急のまた急なるものにて、なお衣食の欠くべからざるが如し。公私の財を費すも愛むにいとまあらず。一、学問は、高上にして風韻あらんより、手近くして博きを貴しとす。かつまた天下の人、ことごとく文才を抱くべき・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ること能わずして、戸外の公務なるものに逢えば忽ちその鋒を挫き、質素倹約も顧みるに遑あらず、飲酒不養生も論ずるに余地なく、一家内の安全は挙げてこれを公務に捧げ、遂には人間最大一の心得たる真実正直の旨をも欠くことなきにあらず。この家の内に養われ・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・何も墓地を広くしないからッて死者に対する礼を欠くという訳はない。華族が一人死ぬると長屋の十軒も建つほどの地面を塞げて、甚だけしからん、といって独り議論したッて始まらないや。ドレ一寝入しようか。………………アア淋しい淋しい。この頃は忌日が来よ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・享楽と云うよりは欠くべからざる精神爽快剤である。労働に疲れ種々の患難に包まれて意気銷沈した時には或は小さな歌謡を口吟む、談笑する音楽を聴く観劇や小遠足にも出ることが大へん効果あるように食事も又一の心身回復剤である。この快楽を菜食ならば著しく・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・更には、存在の無意義さによって解消しつつある厚生省が、社会施設として、それぞれの地区の住民に欠くべからざる托児所、子供の遊場をこしらえる力さえなかったことに向って、警告が与えらるべきであったと思う。日本婦人協力会というような、戦争協力者の集・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・その貧しさ乏しさは、若い世代の男の子女の子のつき合いについての判断についても良識を欠くことになってたとえば相当な年になった息子たちや娘たちは自分たちの交友を家の外でするという結果をも導き出していると思う。 どんな若いひとたちにしろ、ただ・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
一 偶像破壊が生活の進展に欠くべからざるものであることは今さら繰り返すまでもない。生命の流動はただこの道によってのみ保持せらる。我らが無意識の内に不断に築きつつある偶像は、注意深い努力によって、また不断に破壊せられねばならぬ。・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・勇ましい戦士と見えたのは、強剛な意志を欠く所に生ずるだだッ児らしいわがままのゆえに過ぎなかった。私はその時までその臭気に気づかないでいた自分を呪った。道徳的には潔癖であるとさえ思い習わしていた自分が、汚穢に充ちた泥溝の内に晏如としてあった、・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫