・・・彼は倉皇と振り返る暇にも、ちょうどそこにあった辞書の下に、歌稿を隠す事を忘れなかった。が、幸い父の賢造は、夏外套をひっかけたまま、うす暗い梯子の上り口へ胸まで覗かせているだけだった。「どうもお律の容態が思わしくないから、慎太郎の所へ電報・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・のために歌稿をよせた作者の数は一万八千人であった。合計三十七万五千首という尨大な数の中から、十人の現歌壇人の選者によって、選がされた。選者の一人である窪田空穂氏の選後の感想には、今日の文学の問題として様々の意味から深い感興をよびおこすものが・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 地面にじかに投げ出されたものの中には、塩瀬の奇麗な紙入だの、歌稿などが、夜露にしめった様にペショペショになってある。「此那になって居るのを見るのはほんとにいやだ事。一そ一思いに皆持って行って仕舞えば好いのに。 私は、醜・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫