・・・地震で時の流れを押し止めるんだ。 ジャッガーノート! 赤ん坊の手を捻るのは、造作もねえこった。お前は一人前の大人だ。な、おまけに高利で貸した血の出るような金で、食い肥った立派な人だ。こんな赤ん坊を引裂こうが、ひねりつぶそうが、叩き殺・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・「わるどめせずとも、そこ放せ、明日の月日の、ないように、止めるそなたの、心より、かえるこの身は、どんなにどんなに、つらかろう――」「あれは東雲さんの座敷だろう。さびのある美音だ。どこから来る人なんだ」と、西宮がお梅に問ねた時、廊下を・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・まだ小さいのに気が荒かったゆえ、走り廻ってばかりいて、あれ危ないと思っても止める事が出来なんだ。ああ、この窓じゃ。あの子が夜遊に出て帰らぬ時は、わたしは何時もここに立って真黒な外を眺めて、もうあの子の足音がしそうなものじゃと耳を澄まして聞い・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・格堂はさきへ往て左千夫の外出を止める役になった。 昼餉を食うて出よとすると偶然秀真が来たから、これをもそそのかして、車を並べて出た。自分はわざと二人乗の車にひとり横に乗った。 今年になって始めての外出だから嬉しくてたまらない。右左を・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・救助区域はずうっと下流の筏のところなのですが、私たちがこの気もちよいイギリス海岸に来るのを止めるわけにもいかず、時々別の用のあるふりをして来て見ていてくれたのです。もっと談しているうちに私はすっかりきまり悪くなってしまいました。なぜなら誰で・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・まるで、その一度きりの日にさえ、妻の外出を止めるお前は良人なのかと云う詰問が含まれてでもいるようではないか。依岡の女中が一年にたった一度のクリスマスなんかと云うものか、この婆さん! 彼は、真白い、二つ積ねの枕の上に仰向いたまま云った。・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・は、何故圧死しなければならなかったか。ただ一つの「何故」ではあるが、この一語こそ、戦争犯罪的権力に向って、七千万人民が発する詰問としての性質をもっているのである。この「何故」は止めるに止めかねる歴史の勢をはらんで、権力が人民に強いた不幸の根・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・ 栄蔵は、機嫌をなおして達の持って来たリンゴのさくさく舌ざわりのいいのを喜んで、お節の止めるまで食べた。 リンゴを食べながらも栄蔵は、どうしても達が只戻ったのではなさそうだと想った。 いかほど考えても一週間十日の暇のもらえる・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・そこで佐野さんは、内情を知らない親達が、住職の難癖を附けずに出家を止めるのを聞いて、げにもと思うらしいのに勢を得て、お蝶より先きに東京に出て、或る私立学校に這入った。お蝶が東京に出たのは、佐野さんの跡を慕って来たのであった。 佐野さんは・・・ 森鴎外 「心中」
・・・ 石田はどこか出ようかと思ったが、空模様が変っているので、止める気になった。暫くして座敷へ這入って、南アフリカの大きい地図をひろげて、この頃戦争が起りそうになっている Transvaal の地理を調べている。こんな風で一日は暮れた。・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫