・・・ 戦慄から、私は殆んど息が止まり、正に昏倒するところであった。これは人間の住む世界でなくて、猫ばかり住んでる町ではないのか。一体どうしたと言うのだろう。こんな現象が信じられるものか。たしかに今、私の頭脳はどうかしている。自分は幻影を見て・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・成功の時機正に熟するものなり。一 言葉を慎みて多すべからず。仮にも人を誹り偽を言べからず。人の謗を聞ことあらば心に納て人に伝へ語べからず。譏を言伝ふるより、親類とも間悪敷なり、家の内治らず。 言語を慎みて多くす可らず・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・と題して、連日の『時事新報』社説に登録したるが、大いに学者ならびに政治家の注意を惹き来りて、目下正に世論実際の一問題となれり。よって今、論者諸賢のため全篇通読の便利を計り、これを重刊して一冊子となすという。 明治一六年二月編者識と・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 彼の御広間の敷居の内外を争い、御目付部屋の御記録に思を焦し、ふつぜんとして怒り莞爾として笑いしその有様を回想すれば、正にこれ火打箱の隅に屈伸して一場の夢を見たるのみ。しかのみならず今日に至ては、その御広間もすでに湯屋の薪となり、御記録・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・写して正にをはる時妹再び来りて猫をつまみ出しぬ。なほ追へども去らず、再び何やらにて大地に突き落しぬ。猫は庭の松の木に上りて枝の上に蹲りたるままいと平らなる顔にてこなたを見おこせたり。かくする間この猫一たびも鳴かざりき。〔自筆稿『ホトトギ・・・ 正岡子規 「飯待つ間」
・・・なぜならビジテリアン諸君の主張は比較解剖学の見地からして正に根底から顛覆するからである。見給え諸君の歯は何枚あります。三十二枚、そうです。でその中四枚が門歯四枚が犬歯それから残りが臼歯と智歯です。でそんなら門歯は何のため、門歯は食物を噛み取・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ネネムはこの時は正によろこびの絶頂でした。とうとう立ちあがって高く歌いました。「おれは昔は森の中の昆布取り、 その昆布網が空にひろがったとき 風の中のふかやさめがつきあたり おれの手がぐらぐらとゆれたのだ。 おれ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・記者として働く一人一人が、当時新しく強く意識された人格の独立を自身の内に感じ、自分が社に負うているよりも、自分が正にその社を担っている気風があった。しかしここで注目すべきことは、日本では、明治開化期が、二十二年憲法発布とともに、却って逆転さ・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・咲枝さんは正に今にも、というところで、うち中待機の姿勢です。なかなかの緊張ぶりです。 お正月になったらと楽しみなことがあります。それはまた自分で手紙をかいてもいいという許しを自分に出そうと思って。今度はどんな字を書くでしょう。少しは小さ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・自由な人間性の流露とは正に反対の手法である。 今日働く婦人として生活している若い女性たちの実感が、もしそのような芸術の手法にぴったりとするものであるとするならば、私たちはそこに深刻な問題を感じなければならないと思う。今日の日本の二十歳前・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
出典:青空文庫