・・・ 翌日の午後彼が大学正門を出て大急ぎで円タクに飛び乗ると、なんと思い違えたものか車掌がいきなり「どちらが勝ちましたか」と聞くのであった。しかしそれが当然その日の早慶野球第三回戦に関する問いであることが、車掌にも彼にも自明的であったほ・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・ その頃には、今の大学の正門の所に粗末な木の門があった。竜岡町の方が正門であって、そこは正門ではなかったらしい。そこから入ると、すぐ今は震災で全く跡方もなくなった法文科大学の建物があった。それは青山御所を建てたコンドルという英人が建てた・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわって、どんどん正門をはいって来ると、「お早う。」とはっきり言いました。みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をしたものがありませんでした。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・聖堂よりに正門があって、ダラダラ坂の車まわしをのぼると、明治初代の建築である古風な赤煉瓦の建物があった。年を経た樫の樹が車まわしの右側から聖堂の境に茂っていてその鬱蒼とした蔭に、女高師の学生用の弓場があった。弓場のあるあたりは、ブランコなど・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・雑草が茂っている石段に腰かけると、そこは夏でも涼しくて、砂利をしいた正門前の広庭を蜥蜴が走ってゆくのや、樫の大木の幹や梢が深々と緑に輝く様が、閑静な空気のなかに見わたせた。遠くの運動場の方からは長い昼休みのさわぎが微にきこえて来る。私はそこ・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・ 並木道を工場の方へ曲ると、工場の正門に赤旗がいきいきはためいている。托児所の煉瓦の建物の窓も、赤旗である。 続々とやってくる婦人労働者たちは、みんな勇んでその門を入って行く。五ヵ年計画がはじまってから誰でも七時間労働だが、今日は特・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
・・・画面にふたたび、府中刑務所のいかめしい正門が見えて来た。遂にこの扉の開かれる日が来ました、という言葉とともに、しずかに、ひろく一杯に刑務所の大門が開いた。急にカメラの角度がかわって、ひろ子たちの方へのしかかって来るように、その門の中からスク・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・東片町の通りから入って来ると正面が正門で、入ったところから砂利がしきつめられていた。桜の大木が右手に植っていて、その枝の下に、男児の下駄箱、つまり出入口があった。小使室が続いていて、お弁当の時黒いはっぴを着た小使が両手に三つずつ銅のヤカンを・・・ 宮本百合子 「藤棚」
・・・も本郷名物の一つであり、大学正門の銀杏並木も、学内の現実を、初夏はその若葉で、秋にはその黄葉で美化して見せる名物である。 本郷にはもう一つわたしにとって忘れることのできない名所がある。それは本郷区役所と並んでそびえていた本富士警察署の留・・・ 宮本百合子 「本郷の名物」
出典:青空文庫