・・・途方もない、乱暴な小僧ッ児の癖に、失礼な、末恐しい、見下げ果てた、何の生意気なことをいったって私が家に今でもある、アノ籐で編んだ茶台はどうだい、嬰児が這ってあるいて玩弄にして、チュッチュッ噛んで吸った歯形がついて残ッてら。叱り倒してと、まあ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・獺が銜えたか、鼬が噛ったか知らねえが、わんぐりと歯形が残って、蛆がついては堪らねえ。先刻も見ていりゃ、野良犬が嗅いで嗅放しで失せおった。犬も食わねえとはこの事だ。おのれ竜にもなる奴が、前世の業か、死恥を曝すは不便だ。――俺が葬ってやるべえ。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・肩や胸の歯形を愉しむようなマゾヒズムの傾向もあった。壁一重の隣家を憚って、蹴上の旅館へ寺田を連れて行ったりした。そんな旅館を一代が知っていたのかと寺田はふと嫉妬の血を燃やしたが、しかしそんな瞬間の想いは一代の魅力ですぐ消えてしまった。 ・・・ 織田作之助 「競馬」
出典:青空文庫