・・・この国の歴史に疎い彼には、折角の相手の雄弁も、半分はわからずにしまったのだった。「支那の哲人たちの後に来たのは、印度の王子悉達多です。――」 老人は言葉を続けながら、径ばたの薔薇の花をむしると、嬉しそうにその匂を嗅いだ。が、薔薇はむ・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・しかし歴史を粉飾するのは必ずしも朝鮮ばかりではない。日本もまた小児に教える歴史は、――あるいはまた小児と大差のない日本男児に教える歴史はこう云う伝説に充ち満ちている。たとえば日本の歴史教科書は一度もこう云う敗戦の記事を掲げたことはないではな・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・文芸の上に階級意識がそう顕著に働くものではないという理窟は、概念的には成り立つけれども、実際の歴史的事実を観察するものは、事実として、階級意識がどれほど強く、文芸の上にも影響するかを驚かずにはいられまい。それを事実に意識したものが文芸にたず・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・文芸上の作物は巧いにしろ拙いにしろ、それがそれだけで完了してると云う点に於て、人生の交渉は歴史上の事柄と同じく間接だ、とか何んとか。それはまあどうでも可いが、とにかくおれは今後無責任を君の特権として認めて置く。特待生だよ。A 許してくれ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・多くは一向其趣味を解せぬ所から、能くも考えずに頭から茶の湯などいうことは、堂々たる男子のすることでないかの如くに考えているらしい、歴史上の話や、茶器の類などを見せられても、今日の社会問題と関係なきものの如くに思って居る、欧米あたりから持・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・と、僕はなぐさめながら、「君は、もう、名誉の歴史を終えたのだから、これから別な人間のつもりで、からだ相応な働きをすればいいじゃアないか?」「それでも、君、戦争でやった真剣勝負を思うたら、世の中でやっとることが不真面目で、まどろこしうて、下ら・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ かつ椿岳の水彩や油画は歴史的興味以外に何の価値がない幼稚の作であるにしろ、洋画の造詣が施彩及び構図の上に清新の創意を与えたは随所に認められる。その著るしきは先年の展覧会に出品された広野健司氏所蔵の花卉の図の如き、これを今日の若い新らし・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ご承知の通りカーライルが書いたもののなかで一番有名なものはフランス革命の歴史でございます。それである歴史家がいうたに「イギリス人の書いたもので歴史的の叙事、ものを説き明した文体からいえば、カーライルの『フランス革命史』がたぶん一番といっても・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・いちばん修身と歴史が好きだよ。君は? ……」 正雄さんも歴史は大好きなもんですから、「僕も歴史は好きだ。やはり海の学校の読本にも、壇の浦の合戦のことが書いてあるかえ。」とききました。「それはあるさ、義経の八そう飛びや、ネルソンの・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・男にも髪の歴史というものがないわけではない。 二 私は高等学校にはいった途端に、髪の毛を伸ばした。何故伸ばしたか。理由は簡単である。私の顔は頬骨がいやに高い。それ故丸坊主になると、私の頭は丁度耳の附根あたりで急に細・・・ 織田作之助 「髪」
出典:青空文庫