・・・ そこで文章の死活がまたしばしば音調の巧拙に支配せらるる事の少からざるを思うに、文章の生命はたしかにその半以上懸って音調の上にあることを信ずるのである。故に三下りの三味線で二上りを唄うような調子はずれの文章は、既に文章たる価値の一半を失・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・「しかし、僕にとっては、本当に死活の大問題なんです。僕は、道徳は、やはり重んじなけりゃならん、と思っているんです。たすけて下さい、僕を、たすけて下さい。僕は、いい事をしたいんです。」「へんねえ。また酔った振りなんかして、ばかな真似を・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・このような場合における教員の措置如何は生徒の科学的精神の死活に関するような影響を有するものと思う。この場合に結果を都合のよいようにこじつけたり、あるいは有耶無耶のうちに葬ったり、あるいは予期以外の結果を故意に回避したりするような傾向があって・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・ それからその一家の経済的窮状や、死活問題の繋っている鉱山の話などしながら、次ぎ次ぎに運ばれる料理を食べていた。二 おひろの家へ行ってみると、久しく見なかったおひろの姉のお絹が、上方風の長火鉢の傍にいて、薄暗いなかにほの・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・われないかのようではあるが、そういう闇紙の存在、悪出版の横行そのものを可能にしている社会の仕組みこそ、勤労人民をこのひどいやりくり生活においているのであるし、植えられてゆく一字一字の内容が、いわばこの死活問題が、どういう方向で処理されてゆく・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・一体医者の為めには、軽い病人も重い病人も、贅沢薬を飲む人も、病気が死活問題になっている人も、均しくこれ casus である。Casus として取り扱って、感動せずに、冷眼に視ている処に医者の強みがある。しかし花房はそういう境界には到らずにし・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫