・・・ 無益の殺生をするものではない。」 二人の僧はもう一度青田の間を歩き出した。が、虎髯の生えた鬼上官だけはまだ何か不安そうに時々その童児をふり返っていた。…… 三十年の後、その時の二人の僧、――加藤清正と小西行長とは八兆八億の兵と共に・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・が、あの婆は狂言だと思ったので、明くる日鍵惣が行った時に、この上はもう殺生な事をしても、君たち二人の仲を裂くとか、大いに息まいていたらしいよ。して見ると、僕の計画は、失敗に終ったのに違いないんだが、そのまた計画通りの事が、実際は起っていたん・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・座を起とうとするに、足あるいは虫を蹈むようなことはありはせぬかと、さすが殺生の罪が恐しくなる。こんな有様で、昼夜を分たず、ろくろく寝ることもなければ、起きるというでもなく、我在りと自覚するに頗る朦朧の状態にあった。 ちょうどこの時分、父・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・…… そこで、急いで我が屋へ帰って、不断、常住、無益な殺生を、するな、なせそと戒める、古女房の老巫女に、しおしおと、青くなって次第を話して、……その筋へなのって出るのに、すぐに梁へ掛けたそうに褌をしめなおすと、梓の弓を看板に掛けて家業に・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「悧巧な鳥でも、殺生石には斃るじゃないか。」「うんや、大丈夫でがすべよ。」「が、見る見るあの白い咽喉の赤くなったのが可恐いよ。」「とろりと旨いと酔うがなす。」 にたにたと笑いながら、「麦こがしでは駄目だがなす。」・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・鵜の啣えた鮎は、殺生ながら賞翫しても、獺の抱えた岩魚は、色恋といえども気味が悪かったものらしい。 今は、自動車さえ往来をするようになって、松蔭の枝折戸まで、つきの女中が、柳なんぞの縞お召、人懐く送って出て、しとやかな、情のある見送りをす・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ また、かゝる日に自己の興を求めて殺生した事実について考えさせられたこともなかった。 真面目に自己というものを考える時は常に色彩について、嗅覚に付て、孤独を悲しむ感情に付て、サベージの血脈を伝えたる本能に付て、最も強烈であり、鮮かで・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・ こういうと、自分の行為に矛盾した話であるが、しばらく、利害の念からはなれて、害虫であろうと、なかろうと、それが有する生命の何たるかについて、深く考えたならば、誰しも殺生ということに、いゝ気持はしなかったでありましょう。かつて、私は・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・かわいそうな殺生をばしたくない。」 こういって、猟師は、打つのをやめて、また、出直してこようと家へもどろうとしたのであります。 その途中で、知らない猟人に出あいました。その猟人もこれから山へ、くまを打ちにゆこうというのです。その男は・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・そんな心の底に、生死もわからぬ妻子のことがあった。「おい、巧いぞ。もっとやってくれ」 浮浪者の中から、声が来た。「阿呆いえ。そんな殺生な注文があるか。こんな時に、落語やれいうのは、葬式の日にヤッチョロマカセを踊れいうより、殺生や・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫