・・・上座は師匠の紫暁で、次が中洲の大将、それから小川の旦那と順を追って右が殿方、左が婦人方とわかれている。その右の列の末座にすわっているのがこのうちの隠居であった。 隠居は房さんと云って、一昨年、本卦返りをした老人である。十五の年から茶屋酒・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ まあ、これだって、浪ちゃんが先生にお聞きなされば、自分の身体はどうなってなりとも、人も家も焼けないようにするのが道だ、とおっしゃるでしょう。 殿方の生命は知らず、女の操というものは、人にも家にもかえられぬ。……と私はそう思うんです・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・何が出ようとこの真昼間、気にはしないが、もの好きに、どんな可恐い事があったと聞くと、女給と顔を見合わせてね、旦那、殿方には何でもないよ。アハハハと笑って、陽気に怯かす……その、その辺を女が通ると、ひとりでに押孕む……」「馬鹿あこけ、あい・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・第二の女 貴方……殿方でいらっしゃいますわ。 恐ろしい事にも度々お出会になった御方でございますわ。 私達の驚かない様にしずかにわけをお話しなさって下さいませな。 これだけの事を知って故を知らないのは尚恐ろしい気持がいたし・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫