・・・まだそれよりか、毒虫のぶんぶん矢を射るような烈い中に、疲れて、すやすや、……傍に私の居るのを嬉しそうに、快よさそうに眠られる時は、なお堪らなくって泣きました。」 聞く方が歎息して、「だってねえ、よくそれで無事でしたね。」 顔見ら・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・「大変な毒虫だよ。――支度はいいね、お誓さん、お堂の下へおりて下さい。さあ……その櫛……指を、唇へ触りはしまいね。」「櫛は峰の方を啣えました。でも、指はあの、鬢の毛を撫でつけます時、水がなかったもんですから、つい……いいえ、毒にあた・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・……白鷺が再び、すっと進む。 あの歩の運びは、小股がきれて、意気に見える。斑は、また飛びしさった。白鷺が道の中を。…… ――きみ、――きみ――「うっかり声を出して呼んだんだよ、つい。……毒虫だ、大毒だ。きみ、哺えてはいけないと。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 何にもならないで、ばたりと力なく墓石から下りて、腕を拱き、差俯向いて、じっとして立って居ると、しっきりなしに蚊が集る。毒虫が苦しいから、もっと樹立の少い、広々とした、うるさくない処をと、寺の境内に気がついたから、歩き出して、卵塔場の開・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・彼はそうしたものを見るにつけ、それが継母の呪いの使者ではないかという気がされて神経を悩ましたが、細君に言わせると彼こそは、継母にとっては、彼女らの生活を狙うより度しがたい毒虫だと言うのであった。 彼は毎晩酔払っては一時ごろまでぐっすりと・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・自分はそっとこの甲虫をつまみ上げてハンケチで背中の泥を拭うていると、隣の女が「それは毒虫じゃありませんか」と聞いた。虫をハンケチにくるんでカクシに押し込んでから自分はチェスタートンの『ブラウン教父の秘密』の読みかけを読みつづけた。 研究・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・三毛は毒虫にでもさわられたかのように、驚いて尻込みする。それを追いすがって行ってはまた片足を上げる。この様子があまりに滑稽なので皆の笑いこけるのにつり込まれて自分も近ごろになく腹の中から笑ってしまった。 すこし慣れて来ると三毛のほうが攻・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・空の毒虫め。空で死んだのを有り難いと思え。」 二人は大烏を急いで流れへ連れて行きました。そして奇麗に傷口を洗ってやって、その上、傷口へ二三度香しい息を吹きかけてやって云いました。「さあ、ゆるゆる歩いて明るいうちに早くおうちへお帰りな・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・ 私は今の少女小説は、悲しみの毒虫と云います。 少しでも改革され、少しでも立派なものになるまで私はあくまで悲しみの毒虫と云いましょう。 宮本百合子 「現今の少女小説について」
・・・ スムールイの黒トランクの中には『ホーマー教訓集』『砲兵雑記』『セデンガリ卿の書翰集』『毒虫・南京虫とその駆除法、附・此が携帯者の扱い方』などという本があった。始めの方がちぎれて無くなってしまっている本。終りがない本。そういう本がつまっ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫