・・・ちょうど今頃、――もう路ばたに毬栗などが、転がっている時分だった。 少将は眼を細くしたまま、嬉しそうに独り微笑した。――そこへ色づいた林の中から、勢の好い中学生が、四五人同時に飛び出して来た。彼等は少将に頓着せず、将軍夫妻をとり囲むと、・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・令夫人は、駒下駄で圧えても転げるから、褄をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺り、歯を剥いて刎ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬りものにしたような素足で、裳をしなやかに、毬栗を挟んでも、ただすんなりとして、露に褄・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・意地の悪い奴はつむじが曲っていると申しますが毬栗頭にてはすぐわかる。頭のつむじがここらにこう曲がっている奴はかならず意地が悪い。人が右へ行こうというと左といい、アアしようといえばコウしようというようなふうで、ことに上州人にそれが多いといいま・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・蝙蝠傘は畳んだまま、帽子さえ、被らずに毬栗頭をぬっくと草から上へ突き出して地形を見廻している様子だ。「おうい。少し待ってくれ」「おうい。荒れて来たぞ。荒れて来たぞうう。しっかりしろう」「しっかりするから、少し待ってくれえ」と碌さ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫