・・・これにはああ云う気丈な娘でも、思わず肚胸をついたそうでございます。「物にもよりますが、こんな財物を持っているからは、もう疑はございませぬ。引剥でなければ、物盗りでございます。――そう思うと、今まではただ、さびしいだけだったのが、急に、怖・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・お婆様は気丈な方で甲斐々々しく世話をすますと、若者に向って心の底からお礼をいわれました。若者は挨拶の言葉も得いわないような人で、唯黙ってうなずいてばかりいました。お婆様はようやくのことでその人の住っている所だけを聞き出すことが出来ました。若・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・彼れは気丈にも転がりながらすっくと起き上った。直ぐ彼れの馬の所に飛んで行った。馬はまだ起きていなかった。後趾で反動を取って起きそうにしては、前脚を折って倒れてしまった。訓練のない見物人は潮のように仁右衛門と馬とのまわりに押寄せた。 仁右・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・婦人たちがわりに気丈でぎょうさんらしく騒がないのに感心した。 室の片すみのデスクの上に論文の草稿のようなものが積み上げてある。ここで毎日こうして次の論文の原稿を書いていたのかと思って、その一枚を取り上げてなんの気なしにながめていたら、N・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・体が丈夫で気丈で、人と人との調和もよく百人中の一人として、いい職業につけた人があったとする。その人は、自力、自分の実力ということをふたたびうれしく認めるであろう。しかし、真面目な婦人であるならば、その満足の期間は短くて、新しい社会的な立場は・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・ シャンとした気丈な様子をしてそのあとにつづいて池に降りた。 向う岸にならんで居る木の小さく見えるほどの大きさ、まわりの草は此の頃の時候に思い思いの花を開いてみどり色にすんだ水と木々のみどり、うすき、うす紅とまじって桔梗の紫、女郎花・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・祖父は進取の方の気質で、丁髷も藩士のうちでは早く剪った方らしく、或る日外出して帰った頭を見ればザンギリなのに気丈の曾祖父が激憤して、武士の面汚しは生かして置かぬと刀を振って向ったという有様を、祖母は晩年までよく苦笑して話した。開発のことが終・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
・・・これもなかなか気丈な女で、もし後日に発覚したら、罪を自身に引き受けて、夫に迷惑はかけまいと思ったのである。 阿部一族の喜びは非常であった。世間は花咲き鳥歌う春であるのに、不幸にして神仏にも人間にも見放されて、かく籠居している我々である。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・お松と云って、痩せた、色の浅黒い、気丈な女で、年は十九だと云っているが、その頃二十五になっていたお金が、自分より精々二つ位しか若くはないと思っていたと云うのである。「あら。お金さん。目が醒めているの。わたしだいぶ寐たようだわ。もう何時。・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫