・・・御気分でもお悪いのですか。やあ、ロシアの侯爵閣下ではございませんか。」 おれは身を旋らしてその男を見た。おれの前に立っているのは、肥満した、赤い顔の独逸人である。こないだ電車から飛び下りておれのわざと忘れて置いた包みを持って来てくれて、・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・* ゴットフリード・ケラーとはどんな人かと思って小宮君に聞いてみると、この人はスイスチューリヒの生れで、描写の細かい、しかし抒情的気分に富んだ写実小説家だそうである。 哲学者の仕事に対する彼の態度は想像するに難くない。ロックやヒュー・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・刻によって、どれだけ慰められ、得をしたかしれなかったが――もちろん私もそういう趣味はないことはないので、それらの宝蔵を瞥見しただけでも、多少のありがた味を感じないわけにはいかなかったが、それも今の私の気分とはだいぶ距離のあるものであった。た・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・彼らはサンジカリズムないしアナルコサンジカリズムの思想をふりまいてゆき、小野も、三吉も、五高の学生たちも、また専売局の友愛会支部の連中も、革命が気分的であるかぎり一致することが出来ていた。ところが東京から「ボル」がいちはやく五高の学生に流れ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・文学も同じことだな。気分だの気持だのと何処の国の託だかわからない言葉を使わなくっちゃ新しく聞えないからね。」 唖々子はかつて硯友社諸家の文章の疵累を指したように、当世人の好んで使用する流行語について、例えば発展、共鳴、節約、裏切る、宣伝・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・余はすでに倫敦の塵と音を遥かの下界に残して五重の塔の天辺に独坐するような気分がしているのに耳の元で「上りましょう」という催促を受けたから、まだ上があるのかなと不思議に思った。さあ上ろうと同意する。上れば上るほど怪しい心持が起りそうであるから・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・彼の画面に対して、あんなにも透視的の奥行きをあたへたり、適度の明暗を反映させたり、よつて以てそれを空間から切りぬき、一つの落付きある完成の気分をそへる額縁に対して、どんな画家も無関心でゐることができないだらう。同じやうに我等の書物に於ける装・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・これは少し気分が悪いからでございます。電信をお発し下すったなら、明後日午後二時から六時までの間にお待受けいたすことが出来ましょう。もうこれで何もかも申上げましたから、手紙はおしまいにいたしましょう。わたくしはきっと電信が参る事と信じています・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・もう仕方がないとあきらめると、つめたい風が森の中から出て電気燈の光にまじって来るので、首巻を鼻までかけて見たが直に落ちてしまう、寒さは寒し、急に背中がぞくぞくして気分が悪くなったからただうつむいたばかりで首もあげぬ。早く内へ帰れば善いとばか・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ああ、いい気分だ。もう一杯下さいませんか。」「はいはい。こちらが一ぺんすんでからさしあげます。」「こっちへも早く下さい。」「はいはい。お声の順にさしあげます。さあ、これはあなた。」「いやありがとう、ウーイ。ウフッ、ウウ、どう・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
出典:青空文庫