・・・人を眩するような、生々とした気力を持っている。馬鹿ではない。ただ話し振りなどがひどくじだらくである。何をするにも、努力とか勉強とか云うことをしたことがない。そのくせ人に取り入ろうと思うと、きっと取り入る。決して失敗したことがない。 この・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ これらの根気くらべのような競技は、およそ無意味なようでもあるが、しかし人間の気力体力の可能限度に関する考査上のデータにはなりうるであろう。場合によってはある一人のこういう耐久力のいかんによって一軍あるいは一国の運命が決するようなことが・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・この最後の努力でわずかに残った気力が尽き果てたか、見る見るからだの力が抜けて行って、くず折れるようにぐったりと横倒しに倒れてしまう。一方ではまた、何事とも知れぬ極度の恐怖に襲われて、氷塊の間の潮水をもぐって泳ぎ回る可憐な子熊もやがて繩の輪に・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・実をいうと午後四時から十時までぶっ通しに一粒えりの立派な芸術ばかりを見せられるのであったら、自分など到底見に行くだけの気力が足りそうもないような気がする。毎日の仕事に疲れた頭をどうにかもみほごして気持ちの転換を促し快いあくびの一つも誘い出す・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・たとえばほんとうに有益なまとまった書物でも熟読しようというような熱心と気力を失わせるような弊がありはしまいか。 このような考えから、私はいっその事日刊新聞というものを全廃したらよくはないかという事につい考え及んだわけである。今のところそ・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・もし充分気力が強くて、いわゆる腹がしっかりしていて、その緊張状態を一様に保持し得られる場合にはなんでもない。しかしからだの病弱、気力の薄弱なためにその緊張の持続に堪え得ない時には知らず知らず緊張がゆるもうとする。これを引き締めようとする努力・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・表の河岸通には日暮と共に吹起る空ッ風の音が聞え出すと、妾宅の障子はどれが動くとも知れず、ガタリガタリと妙に気力の抜けた陰気な音を響かす。その度々に寒さはぞくぞく襟元へ浸み入る。勝手の方では、いっも居眠りしている下女が、またしても皿小鉢を破し・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・われらは渾身の気力を挙げて、われらが過去を破壊しつつ、斃れるまで前進するのである。しかもわれらが斃れる時、われらの烟突が西洋の烟突の如く盛んな烟りを吐き、われらの汽車が西洋の汽車の如く広い鉄軌を走り、われらの資本が公債となって西洋に流用せら・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・故に下等士族が教育を得てその気力を増し、心の底には常に上士を蔑視して憚るところなしといえども、その気力なるものはただ一藩内に養成したる気力にして、所謂世間見ずの田舎者なれば、他藩の例に傚てこれを実地に活用すること能わず。かつその仲間の教育な・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・のみなれば、学者もまたこれに近づくを屑とせず、さりとて俗を破りて独立の事業をくわだつるの気力もなく、まずその身に慣れたる学校世界に引籠りて人を教うる業につく、すなわち学校の教育により学校の教員を生ずること多きゆえんにして、したがって教えられ・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
出典:青空文庫