・・・「なんだか、気味が悪いし、もう引き上げよう。」といって、わずか二、三びきしか釣れなかったたらをかごにいれて、兄は、家へもどってきました。 たらの色は、黒々として、大きな目玉が光っていました。娘は、その一ぴきを晩のさかなにしようと庖丁・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・よしんば恋はしても、薄汚なくなんだか気味が悪いようである。私の知人に今年四十二歳の銀行員がいるが、この人は近頃私に向って「僕は今恋をしているのです」と語って、大いに私を辟易させた。相手の女性はまだ十九歳だということである。私は爬虫類が背中を・・・ 織田作之助 「髪」
・・・怨霊が私に乗移って居るから気味が悪いというのでしょう。それは気味が悪いでしょうよ。私は怨霊の児ですもの。』と言い放ちました、見る/\母の顔色は変り、物をも言わず部屋の外へ駈け出て了いました。 僕は其まゝ母の居間に寝て了ったのです。眼が覚・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ 自分ながら少し、気味が悪い。爬虫類の感じですね。自分でも、もう命が永くないと思っていました。このころ第一創作集の「晩年」というのが出版せられて、その創作集の初版本に、この写真をいれました。それこそ「晩年の肖像」のつもりでしたが、未だに私は・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・冬の花火なんて、何だか気味が悪いわねえ。さっき睦子が持っているのをちらと見た時、なぜだか、ぎょっとしたわよ。だって、他になんにも売ってなかったんだものねえ。いまの子供は、本当に可哀そうだよ。あたらしい鱈のようですけど、鱈ちりになさいます・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・あの手すりの上をすべって行くゴムの帯もなんだか蛇のようで気味が悪いと言った人もある。自分はある日ここで妙な連想を起こした事がある。自分の子供を小学校へ入れてやると、いつのまにか文字を覚える算術を覚える、六年ぐらいはまたたくまにたって、子供は・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・薄っ気味が悪いや。何だい、馬鹿にしてやがら、未だ小僧っ子じゃないか。十七かな、八かな。可愛い顔をしてらあ、ホラ、口ん中に汗が流れ込まあ」 彼は、暫く凭れにかかって、少年を観察していた。 少年は疲れた顔を、帯の輪の間に突っ込んで、深い・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・おお、気味が悪い。あれは人間ではございませんぜ。旦那様、お怒なすってはいけません。わたくしは何と仰ゃっても彼奴のいる傍へ出て行く事は出来ません。もしか明日の朝起きて見まして彼奴が消えて無くなっていれば天の助というものでございます。わたくしは・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 俄に外の音はやみ、淵の底のようにしずかになってしまって気味が悪いくらいです。 嘉ッコの兄さんは雹を取ろうと下駄をはいて表に出ました。嘉ッコも続いて出ました。空はまるで新らしく拭いた鏡のようになめらかで、青い七日ごろのお月さまがその・・・ 宮沢賢治 「十月の末」
・・・ 森の中はまっくらで気味が悪いようでした。それでも王子は、ずんずんはいって行きました。小藪のそばを通るとき、さるとりいばらが緑色のたくさんのかぎを出して、王子の着物をつかんで引き留めようとしました。はなそうとしてもなかなかはなれませんで・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
出典:青空文庫