・・・父親のバニカンタは、却って他の娘達より深くスバーを愛しましたが、母親は、自分の体についた汚点として、厭な気持で彼女を見るのでした。 例え、スバーは物こそ云えないでも、其に代る、睫毛の長い、大きな黒い二つの眼は持っていました。又、彼女の唇・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・それこそ、まるで滝のよう、額から流れ落ちる汗は、一方は鼻筋を伝い、一方はこめかみを伝い、ざあざあ顔中を洗いつくして、そうしてみんな顎を伝って胸に滑り込み、その気持のわるさったら、ちょうど油壺一ぱいの椿油を頭からどろどろ浴びせかけられる思いで・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ それに別荘は夏住まいに出来ているのだから、余り気持ちが好くなくなった。その中で焼餅話をするとなると、いよいよ不愉快である。ドリスも毎日霧の中を往復するので咳をし出した。舞台を休んで内にいる晩は、時間の過しように困る。女の話すことだけ聞・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・春の日が室の中までさし込むので、実に暖かい、気持ちが好い。机の上には二、三の雑誌、硯箱は能代塗りの黄いろい木地の木目が出ているもの、そしてそこに社の原稿紙らしい紙が春風に吹かれている。 この主人公は名を杉田古城といって言うまでもなく文学・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・例えば悪趣味で人を呼ぶ都会の料理屋の造り庭の全く無意味なこけおどしの石燈籠などよりも、寸分無駄のない合理的な発電所や変圧所の方がどのくらい美しく気持がよいか比較にならないように思われるのである。 進むに従って両岸の景色が何となく荒涼に峻・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・しばらく大阪の町の煤煙を浴びつつ、落ち着きのない日を送っていたが、京都を初めとして附近の名勝で、かねがね行ってみたいと思っていた場所を三四箇所見舞って、どこでも期待したほどの興趣の得られなかったのに、気持を悪くしていた。古い都の京では、嵐山・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 五つか六つ売れると、水もそれだけ減らしていいから、ウンと荷が軽くなる。気持もはずんでくる。ガンばってみんな売ってゆこうという気になる。「こんちはァ、こんにゃく屋ですが、御用はありませんか」 一二度買ってくれた家はおぼえておいて・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・気分だの気持だのと何処の国の託だかわからない言葉を使わなくっちゃ新しく聞えないからね。」 唖々子はかつて硯友社諸家の文章の疵累を指したように、当世人の好んで使用する流行語について、例えば発展、共鳴、節約、裏切る、宣伝というが如き、その出・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・これで私が芝居を見ている時の順慶流の気持が少し説明ができたつもりですが、まだこのほかにもなかなかあります。それは他日御面会の節に譲ります。不折は男性、女性、中性を見ずに帰りましたね。不折は奴的の画が好きなんだろうと思います。凡鳥君によろしく・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・したがって人との応接が楽になり、朗らかな気持で談笑することが出来てきた。そして一般に、生活の気持がゆったりと楽になって来た。だがその代りに、詩は年齢と共に拙くなって来た。つまり僕は、次第に世俗の平凡人に変化しつつあるのである。これは僕にとっ・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
出典:青空文庫