・・・一束の弔花を棺に投入して、そうしてハンケチで顔を覆って泣き崩れる姿は、これは気高いものであろうが、けれども、それはわかい女の姿であって、男が、いいとしをして、そんなことは、できない。真似られるものではない。へんに、しらじらしく真面目になるだ・・・ 太宰治 「緒方氏を殺した者」
・・・すが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く澄んだ大きい眼が、いつも夢みるように、うっとり遠くを眺めていて、あの村では皆、不思議がっているほどの気高い娘でありました。私だって思っていた・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・おれが、あいつを立派な気高い女にして呉れ、って、あなたに頼んだこと、まだ、忘れていないんだね。こいつあ、まいった。いや、ありがとう、ありがとう。こののちともに、よろしくたのむぜ。」言いながら、そっとドアに耳を寄せて、「あ、いけない。ヴェルシ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・団欒が滅茶苦茶になると思ったら、窓縁にしがみついた指先の力が抜けたとたんに、ざあっとまた大浪が来て、水夫のからだを沖に連れて行ってしまったのだ、たしかにそうだ、この水夫は世の中で一ばん優しくてそうして気高い人なのだ、という解釈を下し、お医者・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・王子は、その気高い女王さまに思わず軽くお辞儀をした。「不思議な事もあるものだ。」と魔法使いの老婆は、首をかしげて呟いた。「こんな筈ではなかった。蝦蟇のような顔の娘が、釜の中から這って出て来るものとばかり思っていたが、どうもこれは、わしの・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・少し短くつまった顔の特殊なポオズも、少しも殊更らしくなくてただ気高いような好い心持がするばかりである。何かしら人の子ではなくて何かの菩薩のような気がする。 日本人としての自分にはベラスケズのインファンタ、マリア、マルゲリタよりもこの方が・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・大変どうも頭が――何といって宜いか――気高いというものがない。御覧になっても分る。気高いということは富士山や御釈迦様や仙人などを描いて、それで気高いという訳じゃない。仮令馬を描いても気高い。猫をかいたら――なお気高い。草木禽獣、どんな小さな・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・面影は青白く窶れてはいるが、どことなく品格のよい気高い婦人である。やがて錠のきしる音がしてぎいと扉が開くと内から一人の男が出て来て恭しく婦人の前に礼をする。「逢う事を許されてか」と女が問う。「否」と気の毒そうに男が答える。「逢わせま・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・』と、うッて変った優しい御声は、洋服を召した気高い貴婦人が其処に来掛って、あの可哀相な女の人をお呼止めになったのでした。『あなた、御寒う御座いますから、失礼ですが、其御子に掛けてあげて下さい。』 貴婦人は見事な肩掛を、赤さんへお掛け・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・おそらくそれは、クリンガーの作品にある人間の気高い感情を現わそうとする傾向ににている点をさしたのであろう。 クリンガーの芸術に畏敬と愛を感じながらも、その一つ一つを模写することは自分の真の成長にとって危険なことだと直感していたことは、ケ・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
出典:青空文庫