・・・自然主義運動勃興以前の各既成作家の行きづまりは、恐ろしく、水っぽい戦争小説の洪水をもたらした。それは、後の自然主義運動に於いて作家としての生長を示した徳田秋声の、この時の作品「通訳官」を見ても、また、小栗風葉の「決死兵」、広津柳浪の「天下一・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・近年東京会館の屋上庭園などで涼みながら銀座へんのネオンサインの照明を見おろしているときに、ふいとこの幼時の南磧の納涼場の記憶がよみがえって来て、そうしてあの熱い田舎ぜんざいの水っぽい甘さを思い出すと同時になき母のまだ若かった昔の日を思い浮か・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・場内にみなぎる菊の花のきつい匂いになじみにくく、活人形の顔や手足のかちかちした肌色と着せられている菊の花びらのやわらかく水っぽい感じの対照も妙だった。母方の祖母が浅草の花屋敷へつれて行ってみせてくれたあやつり人形の骨よせと似た気味わるさが菊・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ 今日物わかりのよいとされている女の先生などでも、その生活への感情は案外にひ弱くて、所謂いい生活というものの絵図が水っぽいきれいごとだけで、塗りあげられていて、子供の心が直感した生活のそんなユーモアもわからないということが一つ。 子・・・ 宮本百合子 「子供の世界」
・・・瓦斯燈の水っぽい光が、ゴムのような滑らかな大きい葉の植木を照している。その陰から立って挨拶したのは、その頃ピリニャークにくっついて歩いていた作家リージンとその妻であった。若い詩人夫妻の伴れがある。正直に云うと、自分はこの高いダブル・カラーを・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ 水っぽいサロン的常識の埒を越えないツルゲーネフのそういう考え方にトルストイが癇癪を爆発させたであろう様子を想像すると、思わず破顔さえ覚えるのである。トルストイは、食いあき飲みあき懶怠にあきた上流社会の美しく装った男女が、馬車の中で、花・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・そしてついにマリアは、実は彼女の絵の教師が貰ったサロンの金牌を、彼女へおくられたものとして持って来るモウパッサンの愛の偽りに飾られて死ぬのだが、決して、マリアが自分の最後に面した現実はこんな水っぽい、甘いものではなかった。彼女の傑作「出あい・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
出典:青空文庫