・・・果樹整枝法その四、又その一、水平コルドン。はじめっ。一、二、一、二、一、二、一、二、一、やめい。」大将「次はその又二、直立コルドン。これはこのままでよろしい。ただ呼称だけを用うる。一、二、一、二、よろしいか。八番。」兵卒八「直立コル・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ おまけに水平線の上のむくむくした雲の向うから鉛いろの空のこっちから口のむくれた三疋の大きな白犬に横っちょにまたがって黄いろの髪をばさばささせ大きな口をあけたり立てたりし歯をがちがち鳴らす恐ろしいばけものがだんだんせり出して昇って来まし・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・おや、地平線じゃない。水平線かしら。そうです。ここは夜の海の渚ですよ」「まあ奇麗だわね、あの波の青びかり」「ええ、あれは磯波の波がしらです、立派ですねえ、行ってみましょう」「まあ、ほんとうにお月さまのあかりのような水よ」「ね・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・日本の文学感覚はまだもろく弱くて、文学といえば、人は理性の視点と水平なものとしてそれを感じないくせがある。戦争は、客観的な真実に対して素直である人間の理性をうちこわした。そしてわたしたちは長い間、客観的な文芸評論というものを持たされなかった・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・過去のプロレタリア文学は、単なる一流派ではなくて、各国においてその国の労働者階級の階級的自覚とともに、文学全体の認識に多くの新しい水平線をひらいた。文学における階級性、作品に対する個人の印象批評から客観的な評価のよりどころをもつように飛躍し・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・えしたとき法外・格外の傑作、問題作、前進的作品というものは作品活動一般についてなかったと判断するにかかわらず、作家たちの動きは特に今年の後半に到って夥しく、両者の間の動きの形は、作品がその自然の重さで水平動しているところへ作家の動きは上下動・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・そうして、水平線は遙か一髪の光った毛のように月に向って膨らみながら花壇の上で浮いていた。 こういうとき、彼は絶えず火を消して眠っている病舎の方を振り返るのが癖である。すると彼の頭の中には、無数の肺臓が、花の中で腐りかかった黒い菌のように・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・しかし、そういう物の一つも見えない水平線の彼方に、ぽっと射し露われて来た一縷の光線に似たうす光が、あるいはそれかとも梶は思った。それは夢のような幻影としても、負け苦しむ幻影より喜び勝ちたい幻影の方が強力に梶を支配していた。祖国ギリシャの敗戦・・・ 横光利一 「微笑」
・・・左右から内側へ曲げられた女の姿勢と、窓や羽目板の垂直の線と、浴槽の水平線と、――それで画が小気味よく統一せられている。さらに湯槽や、女の髪や、手や、口や、目や、乳首や、窓外の景色などに用いられた濃い色が色彩の単調を破るとともに、全体を引きし・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・能の役者は足を水平にしたまま擦って前に出し、踏みしめる場所まで動かしてから急に爪先をあげてパタッと伏せる。この動作は人の自然な歩き方を二つの運動に分解してその一々をきわ立てたものである。従って有機的な動き方を機械的な動き方に変質せしめたもの・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫