・・・それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮いたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光をあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。 川上の方を見ると、すすきのい・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ さて大学生諸君、その晩空はよく晴れて、金牛宮もきらめき出し、二十四日の銀の角、つめたく光る弦月が、青じろい水銀のひかりを、そこらの雲にそそぎかけ、そのつめたい白い雪の中、戦場の墓地のように積みあげられた雪の底に、豚はきれいに洗われて、・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ネネムはそこで髪をすっかり直して、それから路ばたの水銀の流れで顔を洗い、市にはいって行く支度をしました。 それからなるべく心を落ちつけてだんだん市に近づきますと、さすがはばけもの世界の首府のけはいは、早くもネネムに感じました。 ノン・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・それはゆれながら水銀のように光って斜めに上の方へのぼって行きました。 つうと銀のいろの腹をひるがえして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました。『クラムボンは死んだよ。』『クラムボンは殺されたよ。』『クラムボンは死んでしまったよ・・・ 宮沢賢治 「やまなし」
・・・ 朝になったが、萩の葉の裏に水銀のような月の光が残って居る。 令子は海面に砕ける月を見たい心持になって来た。月の光にはいつもほのかな香いがあるが、秋の潮は十六夜の月に高く重吹くに違いない。 令子は興津行の汽車に乗った。 ・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・ そしてどことなく心がのびのびと楽しくなって、彼のいつも遠慮深そうに瞬いている、大きい子供らしい眼の底には、小さい水銀の玉のような微かな輝やきが湧くのである。 いったい彼の顔は、大変人の注意をひく。 利口そうだというのでもなけれ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・の様なものの上に、水銀のはげた鏡と、栂のとき櫛の、歯の所々かけたのがめっかちのお婆さんの様にみっともなく、きたなくころがって居る。 壁に張った絵紙を大方はその色さえ見分けのつかないほどにくすぶって仕舞って居て、片方ほか閉めてない戸棚から・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 春先の様に水蒸気が多くないので、まるで水銀でもながす様に、テラテラした海面の輝きが自然に私の眼を細くさせる。 この海からの反射光線が、いつでも私の頭――眼玉の奥をいたくさせるのである。 此処いら――江の島、七里ヶ浜あたりの波は・・・ 宮本百合子 「冬の海」
出典:青空文庫