・・・川の水は絶えず東へ東へと流れ、八幡から宮久保という村へとつづくやや広い道路を貫くと、やがて中山の方から流れてくる水と合して、この辺では珍しいほど堅固に見える石づくりの堰に遮られて、雨の降って来るような水音を立てている。なお行くことしばらくに・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ セコンドメイトは、ポシャッと云った水音で振りかえってそう云った。「首なし死体を投り込んだんだよ。ありゃ腐った臓腑だけっか入ってねえんだ。お前だって、あの行李ん中へ入ってるんだよ。俺だって、自分の行李がいらなくなりゃ、雇止めを食わさ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・すると先刻までは何処に居たのか水音も為せなかった沢山の軽舸が、丁度流れ寄る花弁のように揺れながら、燈影の華やかなパゴラの周囲に漂い始めます。そして、或者は低い口笛に合わせながら、或者は旋律に合わせて巧な櫂を操りながら、時を忘れて、水に浮ぶの・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 河の水音、木々のざわめき、どこかで打つ太鼓の音などは、皆一つの平和な調和を保って、下界から子守唄のようになごやかに物柔かく子供の心を愛撫して行く。 六の単純な心は、これ等の景色にすっかり魅せられてしまうのが常であった。 大人の・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
今朝、茶の間へおりて行ったら、いつものように餉台の上に新聞だの手紙だのがかさねておいてあって、朝の日かげがすがすがしい。裏から勢のいい洗濯の水音がしている。それをききながら、来ている手紙を一つ一つ見ていると、その中から黒枠・・・ 宮本百合子 「若い母親」
出典:青空文庫