・・・ 忠左衛門は、眉をあげて、賛同を求めるように、堀部弥兵衛を見た。慷慨家の弥兵衛は、もとより黙っていない。「引き上げの朝、彼奴に遇った時には、唾を吐きかけても飽き足らぬと思いました。何しろのめのめと我々の前へ面をさらした上に、御本望を・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・そして小屋の中が真暗になった日のくれぐれに、何物にか助けを求める成人のような表情を眼に現わして、あてどもなくそこらを見廻していたが、次第次第に息が絶えてしまった。 赤坊が死んでから村医は巡査に伴れられて漸くやって来た。香奠代りの紙包を持・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それは最後に、無意識に、救を求める訴であった。フレンチがあれをさえ思い出せば、万事解決することが出来ると思ったのは、この表情を自分がはっきり解したのに、やはり一同と一しょに、じっと動かずにいて、慾張った好奇心に駆られて、この人殺しの一々の出・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・かく可哀相だと思ってやれと、色に憂を帯びて同情を求めること三たびであるから、判事は思わず胸が騒いで幽に肉の動くのを覚えた。 向島のうら枯さえ見に行く人もないのに、秋の末の十二社、それはよし、もの好として差措いても、小山にはまだ令室のない・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 近く二三日以来の二人の感情では、民子が求めるならば僕はどんなことでも拒まれない、また僕が求めるならやはりどんなことでも民子は決して拒みはしない。そういう間柄でありつつも、飽くまで臆病に飽くまで気の小さな両人は、嘗て一度も有意味に手など・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・一体女と云うものは一生たよるべき男は一人ほかないはずだのに其の自分の身持がわるいので出されて又、後夫を求める様になっては女も終である。人と云う人の娘は第一考えなければならない事である。一度縁を結んで再び里にかえるのは女の不幸としてこの上ない・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ 吉弥のお袋の出した電報の返事が来たら、三人一緒に帰京する約束であったが、そうも出来ないので、妻は吉称の求めるままに少しばかり小遣いを貸し与え、荷物の方づけもそこそこにして、僕の革鞄は二人に託し井筒屋の主人と住職とにステーションまで送ら・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・晩年大河内子爵のお伴をして俗に柘植黙で通ってる千家の茶人と、同気相求める三人の変物揃いで東海道を膝栗毛の気散じな旅をした。天龍まで来ると川留で、半分落ちた橋の上で座禅をしたのが椿岳の最後の奇の吐きじまいであった。 臨終は明治二十二年九月・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それはどの恋愛でも傷けられると、恋愛の神が侮辱せられて、その報いに犠牲を求めるからでございます。決闘の結果は予期とは相違していましたが、兎に角わたくしは自分の恋愛を相手に渡すのに、身を屈めて、余儀なくせられて渡すのではなく、名誉を以て渡そう・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・何ものを求めるのか、彼等自からにさえ分らないことであったろう。しかし、これを押しつめて言えば、真実を求めたのだ。もっと美しいものを求めたのだ。 クロポトキンは、いう。「人の心の中に、何かしらないものが住んでいる。そして、たえず、あら・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
出典:青空文庫