・・・我我の行為を決するものは善でもなければ悪でもない。唯我我の好悪である。或は我我の快不快である。そうとしかわたしには考えられない。 ではなぜ我我は極寒の天にも、将に溺れんとする幼児を見る時、進んで水に入るのであるか? 救うことを快とするか・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・法を裁すべき判事は、よく堪えてお幾の物語の、一部始終を聞き果てたが、渠は実際、事の本末を、冷かに判ずるよりも、お米が身に関する故をもって、むしろ情において激せざるを得なかったから、言下に打出して事理を決する答をば、与え得ないで、「都を少・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・お貞は決する色ありて、「貴下、そ、そんなことを、私にいってもいいほどのことがあるんですか。」 声ふるわして屹と問いぬ。「うむ、ある。」 と確乎として、謂う時病者は傲然たりき。 お貞はかの女が時々神経に異変を来して、頭あた・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 豪雨は今日一日を降りとおして更に今夜も降りとおすものか、あるいはこの日暮頃にでも歇むものか、もしくは今にも歇むものか、一切判らないが、その降り止む時刻によって恐水者の運命は決するのである。いずれにしても明日の事は判らない。判らぬ事には・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ちょっと断わっておくが、僕はある脚本――それによって僕の進退を決する――を書くため、材料の整理をしに来ているので、少くとも女優の独りぐらいは、これを演ずる段になれば、必要だと思っていた時だ。「お前が踊りを好きなら、役者になったらどうだ?・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・今や、眼前の事実に対して右か、左か、芸術家も畢竟、一個の人間である限り、社会の一人である限り、態度を決する時が来たのです。 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・日蓮はここにおいて決するところあり、自ら進んで、積極的に十一通の檄文を書いて、幕府の要路及び代表的宗教家に送って、正々堂々と、公庁が対決的討論をなさんことを申しいどんだ。 これは憂国の至情黙視しておられなかったのであるが、また彼の性格の・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・事を決する元来癰を截るがごとし、多少の痛苦は忍ぶべきのみ。此地の温泉は今春以来かく大きなる旅館なども設けらるるようなりしにて、箱館と相関聯して今後とも盛衰すべき好位置に在り。眺望のこれと指して云うべきも無けれど、かの市より此地まであるいは海・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・女は、自分の運命を決するのに、微笑一つでたくさんなのだ。おそろしい。不思議なくらいだ。気をつけよう。けさは、ほんとに妙なことばかり考える。二、三日まえから、うちのお庭を手入れしに来ている植木屋さんの顔が目にちらついて、しかたがない。どこから・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・精神が、信仰が、人間の万事を決する。僕は、聖母受胎をさえ、そのまま素直に信じている。そのために、科学者としての僕が、破産したって、かまわない。僕は、純粋の人間、真正の人間で在りさえすれば、―― などとあらぬ覚悟を固めたりしはじめて、全身・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫