・・・ わたしは半三郎の家庭生活は平々凡々を極めていると言った。実際その通りに違いない。彼はただ常子と一しょに飯を食ったり、蓄音機をかけたり、活動写真を見に行ったり、――あらゆる北京中の会社員と変りのない生活を営んでいる。しかし彼等の生活も運・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・正気づいてから聞きただすと、大きな男が無理やりに娘をそこに連れて行って残虐を極めた辱かしめかたをしたのだと判った。笠井は広岡の名をいってしたり顔に小首を傾けた。事務所の硝子を広岡がこわすのを見たという者が出て来た。 犯人の捜索は極めて秘・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・どっちかに極めなくちゃあならないのだ。公民たるこっちとらが社会の安全を謀るか、それとも構わずに打ち遣って置くかだ。」 こんな風な事をもう少ししゃべった。そして物を言うと、胸が軽くなるように感じた。「実に己は義務を果すのだ」と腹の内で・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・たかだか堰でめだかを極めるか、古川の浅い処で、ばちゃばちゃと鮒を遣るだ。 浪打際といったって、一畝り乗って見ねえな、のたりと天上まで高くなって、嶽の堂は目の下だ。大風呂敷の山じゃねえが、一波越すと、谷底よ。浜も日本も見えやしねえで、お星・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・思慮分別の意識からそうなるのではなく、自然的な極めて力強い余儀ないような感情に壓せられて勇気の振いおこる余地が無いのである。 宵から降り出した大雨は、夜一夜を降り通した。豪雨だ……そのすさまじき豪雨の音、そうしてあらゆる方面に落ち激つ水・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・展覧会が開かれても、案内を受けて参観した人は極めて小部分に限られて、シカモ多くは椿岳を能く知ってる人たちであったから、今だにその画をも見ずその名をすらも知らないものが決して少なくないだろう。先年或る新聞に、和田三造が椿岳の画を見て、日本にも・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして、さっそく龍雄をその家へやることに決めました。 いよいよ家から出て、他人の中に入るのだと思うと、いくらわんぱく者でもかわいそうになって、もう二、三日しか家にいないというので、両親はいろいろごちそうをして龍雄に食べさせたりしました。・・・ 小川未明 「海へ」
・・・「じゃ、話だけでも決めておいていただいたら……」「え、それは私も言ったんですがね、向うの言うのじゃ、決めておくのはいいが、お互いにまたどういう思いも寄らない故障が起らないとも限らないから、まあもう少しとにかく待ってくれって、そう言う・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 汽車の中は、依然として混雑を極めていた。彼女はやはり窓から降りなければならなかった。「大丈夫ですか。降りる方がむつかしいですよ」「でも、やってみます。荷物お願いします」 彼女は窓の上に手を掛けて、機械体操の要領で足をそろえ・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 久助爺はけろりとした顔つきでこう繰返すので、耕吉は気乗りはしなかったが、結局これに極めるほかなかった。…… 月々十円ばかしの金が、借金の利息やら老父の飲代やらとして、惣治から送られていたのであった。それを老父は耕吉に横取りされたと・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫