・・・水の輪の拡がり、嵐の狂うごとく、聞くも堪えない讒謗罵詈は雷のごとく哄と沸く。 鎌倉殿は、船中において嚇怒した。愛寵せる女優のために群集の無礼を憤ったのかと思うと、――そうではない。この、好色の豪族は、疾く雨乞の験なしと見て取ると、日の昨・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・再び鼎の沸くが如くに騒ぎ出した。終に記者と士官とが相談して二、三人ずつの総代を出して船長を責める事になった。自分も気が気でないので寐ても居られぬから弥次馬でついて往た。船長と事務長とをさんざん窮迫したけれど既往の事は仕方がない。何でも人夫ど・・・ 正岡子規 「病」
・・・ピラピラする透明な焔色を見守り、みのえは変に夢中な気持になって湯の沸くのを待った。彼女には、この夜ふけの、恋物語の後の沈黙が異常に作用するのであった。じかに板の間にいて寒さも感じない。 薬罐の底がクトンとずるように鳴った。 シューン・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫