・・・日ごろから、ありは多くの虫のなかで、もっとも利口であり、また組織的な生活を営んでいる、感心な虫であることは、知っていましたが、木や、竹に、油虫をはこび、せっかく伸びた芽をいじけさせて、その上、根もとに巣をつくり、幹に穴などをあけるのでは、客・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・その青白い油虫の円陣のまんなかにいて、女ひとりが、何か一つの真昼の焔の実現を、愚直に夢見て生きているということは、こいつは悲惨だ。「あなたは、どうお思いなの? 人間は、みんな、同じものかしらん。」考えた末、そんなことを言ってみた。「あた・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・拷問の後にほうり込まれた牢獄の中で眼前に迫る生死の境に臨んでいながらばかげた油虫の競走をやらせたりするのでも決してむだな插話でなくて、この活劇を生かす上においてきわめて重要な「俳諧」であると思われる。最後のトニカを響かせる準備の導音のような・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・愚かなるわれら杞人の後裔から見れば、ひそかに垣根の外に忍び寄る虎や獅子の大群を忘れて油虫やねずみを追い駆け回し、はたきやすりこ木を振り回して空騒ぎをやっているような気がするかもしれない。これが杞人の憂いである。・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・勝手に雲が飛び、勝手に油虫どもが這い廻っているようであった。 人々は、眼を上げて、世界の出来事を見ると、地獄と極楽との絵を重ねて見るような、混沌さを覚えた。が、眼を、自分の生活に向けると、何しろ暑くて、生活が苦しくて、やり切れなかった。・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・「はははは。でかばちもない虫だ」と、西宮。「ほほほほ。可愛い虫さ」「油虫じゃアないか」「苦労の虫さ」と、小万は西宮をちょいと睨んで出て行ッた。 折から撃ッて来た拍子木は二時である。本見世と補見世の籠の鳥がおのおの棲に帰る・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・中には、赤ん坊にどう云う風にして湯をつかわせるか、台所の油虫はどんな薬で退治るかを教える映画や、性病予防の宣伝フィルムなどもあって、それを見ているうちに、ごく日常的であるが大切な衛生思想を覚え込むと云う場合が多くある。反宗教運動のために、労・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の芝居・キネマ・ラジオ」
・・・ 例えば衛生に関するフィルムでどんなのがあるか、既にロシアの油虫は有名である、南京虫も随分いる。それでキノを見ると、とても大きくて、まるで人間が食われそうな南京虫がフィルムの中に出て来る。これを退治しなければたまらない。そういうものは主・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・ お玉杓子が湧き、ちゃくとり――油虫の成虫――がわやわや云いながら舞いさわぐ下の耕地にはペンペン草や鷺苔や、薄紫のしおらしい彼岸花が咲き満ちて、雪解で水嵩の増した川という川は、今までの陰気に引きかえまるで嬉しさで夢中になっているようにみ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・こんな死にぞこないの、油虫みたいな奴は、どこへへたばりさらすか知れるかい。」「もう止さえせ。昼日中喧嘩して!」とお留は口を入れた。「お母ア、黙っとりゃええんじゃ。」「秋公頼むわ。どこへでもええで寝さしてくれよ。」と安次は云った。・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫