・・・ましてその竜が三月三日に天上すると申す事は、全く口から出まかせの法螺なのでございます。いや、どちらかと申しましたら、天上しないと申す方がまだ確かだったのでございましょう。ではどうしてそんな入らざる真似を致したかと申しますと、恵印は日頃から奈・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・』『君の法螺にさ』『法螺じゃない、真実の事だ。少くとも夢の中の事実だ。それで君、ニコライの会堂の屋根を冠った俳優が、何十億の看客を導いて花道から案内して行くんだ』『花道から看客を案内するのか?』『そうだ。其処が地球と違ってる・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・それ、腰にさげ、帯にさした、法螺の貝と横笛に拍子を合せて、やしこばば、うばば、うば、うば、うばば。火を一つ貸せや。火はまだ打たぬ。あれ、あの山に、火が一つ見えるぞ。やしこばば、うばば。うば、うば、うばば。・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・が貴方、明前へ、突立ってるのじゃあございません、脊伸をしてからが大概人の蹲みます位なんで、高慢な、澄した今産れて来て、娑婆の風に吹かれたという顔色で、黙って、おくびをしちゃあ、クンクン、クンクン小さな法螺の貝ほどには鳴したのでございます。・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・廷珸は大喜びで、天下一品、価値万金なんどと大法螺を吹立て、かねて好事で鳴っている徐六岳という大紳に売付けにかかった。徐六岳を最初から廷珸は好い鳥だと狙っていたのであろう。ところが徐はあまり廷珸が狡譎なのを悪んで、横を向いてしまった。廷珸はア・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・かの男は閉口してつくづく感心し、なるほどなるほど法螺とはこれよりはじまりけるカネ。 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・ 太宰は、よく法螺を吹くぜ。東京の文学者たちにさえ気づかなかった小品を、田舎の、それも本州北端の青森なんかの、中学一年生が見つけ出すなんて事は、まず無い、と井伏さんの創作集が五、六冊も出てからやっと、井伏鱒二という名前を発見したというような・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 小説というものがメシよりも好きと法螺を吹いているトシちゃんは、ひどく狼狽して、「林先生って、男の方なの?」「そうだ。高浜虚子というおじいさんもいるし、川端龍子という口髭をはやした立派な紳士もいる。」「みんな小説家?」「・・・ 太宰治 「眉山」
・・・私は、人のちからの佳い成果を見たくて、旅行以来一月間、私の持っている本を、片っぱしから読み直した。法螺でない。どれもこれも、私に十頁とは読ませなかった。私は、生れてはじめて、祈る気持を体験した。「いい読みものが在るように。いい読みものが在る・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・しかしまた、きざに大先生気取りして神妙そうな文学概論なども言いたくないし、一つ一つ言葉を選んで法螺で無い事ばかり言おうとすると、いやに疲れてしまうし、そうかと言って玄関払いは絶対に出来ないたちだし、結局、君たちをそそのかして酒を飲みに飛び出・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
出典:青空文庫