・・・奈良、法隆寺と海の遠い処の、宿屋に泊って、半分腐れかゝった魚を食べさせられた自分は、舞子の一泊を忘れることが出来ない。闇の中を青い火を点した蒸気船が通る。彼方にいた、赤い小さな燈火が、いつか、目の前に来ている。 淡路島の一角に建てられた・・・ 小川未明 「舞子より須磨へ」
・・・ただそのために君は筆の先をとぎ僕はハサミを使い、そのときいささかの滞りもなく、僕も人を理解したと称します。法隆寺の塔を築いた大工はかこいをとり払う日まで建立の可能性を確信できなかったそうです。それでいてこれは凡そ自信とは無関係と考えます。の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・空虚な空間をきって、あのおどろくべき美を創りだしている法隆寺壁画の、充実きわまりない一本の線をひきぬいて、なおあの美がなり立つと思うものはない。詩情の究極は人間への愛であり、愛は具体的で、いつも歴史のそれぞれの段階を偽りなくうつし汲みとるも・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
法隆寺が焼けて、あの見ごとな壁画が修理もきかないほどひどくなってしまった。されに新聞記事を見たとき、わたしの胸のなかで大きななみがくずれた感じがした。有名であったり、国宝であったりしても美しくない美術品もある。法隆寺の壁画・・・ 宮本百合子 「国宝」
・・・日本画で線というものは何を意味するでしょう。法隆寺の壁画を思いだします。大観の絵と違った世界があることを感じます。この課題が日本画家たちによって、どう解かれてゆくでしょうか。 内田巖さんのお母さんを描かれた二枚の肖像、永井潔さんの蔵・・・ 宮本百合子 「第一回日本アンデパンダン展批評」
・・・それから法隆寺模様の特長と桃山時代の美術の特長とを文様集成を見て知った。 宮本百合子 「日記」
・・・ 十年前なら、秋の奈良へ行って博物館や法隆寺を見ていた婦人作家たちが、今日は満州だの蘭印だのへ出かける。 そういう風に動きの領域がひろがったことは、次第に婦人作家たちの内的世界をもひろげて行くのだけれど、今日ではまだその目で見耳にき・・・ 宮本百合子 「拡がる視野」
・・・僕は法隆寺の壁画や高野の赤不動、三井寺の黄不動の類を拉しきたって現在の日本画を責めるような残酷をあえてしようとは思わない。しかし大和絵以後の繊美な様式のみが伝統として現代に生かされ、平安期以前の雄大な様式がほとんど顧みられていないことは、日・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫