・・・いろんな闇も、闇をめぐる人心の波紋が生活感情の機微であると思う。日常の生活感情に一定の規格が単純に太い線で描きあてられている一方、それは体の上へ描かれた縞のように、縞をつけたまま人気はそれ自身の動きの方向と角度を示している。生きて寸刻も止ま・・・ 宮本百合子 「このごろの人気」
・・・トルストイという極めて強烈な生命力を発散させて生涯を終った一つの人間性が周囲に投げた波紋や、それから後急激に移り進んだロシアの歴史の変遷、それに対する貴族としてのトルストイ家の人々の動きかた、あらゆる複雑な世紀と人生の波濤をそこに感じるから・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・けれども、信じ安じるべきであるに拘らず、その不愉快さは依然としてドス黒いかたまりを、朗らかな胸中に一点の波紋を保って存在して居るのである。 馬琴もそうだったのかなと、思った。 そして、力を得たような淋しいような気がした。箇性の持って・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・ そして、平らかな閑寂なその表面に、折々雫のようにポツリポツリと、家内の者達のことだの、自分のことだのが落ちて来ては、やがてスーと波紋を描いてどこかへ消えて行ってしまう。 沼で一番の深みだといわれている三本松の下に、これも釣をしてい・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・う暇もなく、停ると同時に早や次の運動が波立ち上り巻き返す――これは鵜飼の舟が矢のように下ってくる篝火の下で、演じられた光景を見たときも感じたことだが、一人のものが十二羽の鵜の首を縛った綱を握り、水流の波紋と闘いつつ、それぞれに競い合う本能的・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・この二つが長となり短となり千種万種の波紋を画く、人事はこの波紋を織り出した刺繍に過ぎぬ。 社会には美しい方面がある。しかしこれを汚さんとする悪の勢力ははなはだ強い。一人の遊冶郎の美的生活は家庭の荒寥となり母の涙となり妻の絶望となる。冷た・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫