・・・ 後年まで彼につきまとったユダヤ人に対するショーヴィニズムの迫害は、もうこの頃から彼の幼い心に小さな波風を立て初めたらしい。そしてその不正義に対する反抗心が彼の性格に何かの痕跡を残さない訳には行かなかったろうと思われる。「ユダヤ人はその・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そして負けじ魂と強い腕の力で波風をしのいでいる人のように見える。強い人にも嘆き悲しみ悶えはある。しかしそれは弱いもののそれとは何処かちがった響がある。 宇都野さんの歌の音調にはやはり自ずからな特徴がある。それは如何なる点に存するか明白に・・・ 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・なら、わしも定めし島流し、硯の海の波風に、命の筆の水馴竿、折れてたよりも荒磯の、道理引つ込む無理の世は、今もむかしの夢のあと、たづねて見やれ思ひ寝の、手枕寒し置炬燵。とやらかした。小走りの下駄の音。がらりと今度こそ格子が明いた。お妾は抜・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・その、それぞれに反応する生きた心を生きている。その波風の間で、では、何がわたしたちの日夜、まともに伸びたいとねがっている人間性の砦となり、その人の文学の足場となってゆくのだろう。 平凡だと思われるほどすりへることのない一つの真実がある。・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・一九四七年の日本インフレーションのこんなすさまじい波風にもまれて、電柱に和服裁縫内職の紙のひらめいている光景は、実に悲惨な時代錯誤の感じを与える風景だと思う。樋口一葉の小説の中にあるにふさわしい風景だと思う。 こういう時代錯誤的な切ない・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・格別平和を破るような事のない羽田の家に、おりおり波風の起こるのは、これが原因である。 庄兵衛は今喜助の話を聞いて、喜助の身の上をわが身の上に引き比べてみた。喜助は仕事をして給料を取っても、右から左へ人手に渡してなくしてしまうと言った。い・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫