・・・ ホモイはそれを受けとって貝の火を入れた函に注ぎました。そしてあかりをけしてみんな早くからねてしまいました。 * 夜中にホモイは眼をさましました。 そしてこわごわ起きあがって、そっと枕もとの貝の火を見ました。貝の・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 桃の果汁のような陽の光は、まず山の雪にいっぱいに注ぎ、それからだんだん下に流れて、ついにはそこらいちめん、雪のなかに白百合の花を咲かせました。 ぎらぎらの太陽が、かなしいくらいひかって、東の雪の丘の上に懸りました。「観兵式、用・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあいだから、夕陽は赤くななめに苔の野原に注ぎ、すすきはみんな白い火のようにゆれて光りました。わたくしが疲れてそこに睡りますと、ざあざあ吹いていた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれ・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・ 一、そうだとすれば、あらゆる方々が御自分の一日の計をもって充実した気分を保とうと希んでいらっしゃるとき、わきから思ってもいなかった話を注ぎこまれるというのは愉快なことでしょうか。むしろ、落ついて心持のよい音楽でもきいて活動の準備をした・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・ 行儀よく並んだ空壜に、何かの液体を注ぎこみでもするように、教えこまれるあれこれのすべてが、少女たちの若々しい本心に、肯かれることばかりではなかったことは確です。これ迄は、黙って、そっと、心にうけ入れず、其を外へ流し出してしまうしかしか・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・ 戦争中、虚偽の大本営発表で勝利への妄信に油を注ぎつづけた責任者は誰であったろう。現実がその妄想を打破った幻滅の心を、自力で整理するだけの自主的な「考える力」を必死に否定してあらゆる矛盾した外部の状況に受身に、無判断に盲従することを「民・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
一 カールの持った「三人の聖者」 ドイツの南の小さい一つの湖から注ぎ出て、深い峡谷の間を流れ、やがて葡萄の美しく実る地方を通って、遠くオランダの海に河口を開いている大きい河がある。それは有名なライン河・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 酒を注ぎながら、上さんは甘ったるい調子で云った、「でも営口で内に置いていた、あの子には、小川さんもわなかったわね。」「名古屋ものには小川君にも負けない奴がいるよ。」主人が傍から口を挟んだ。 やはり小川の顔を横から覗くようにして・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・非常に広濶な、偏執のない心が、あらゆる対象へ差別のない愛を注ぎながら、静かに、和やかに、それらを見まもっている、――そういう印象を与える。しかしそれは、木下杢太郎が実際生活においてそういう博大な心を持っている、という印象ではない。彼は享楽人・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・何十人もの若い人たちに父親のような愛を注ぎかけた。そのための精力の消費が、夫として、あるいは父親としての漱石の態度に、マイナスとして現われるということはあり得たのである。漱石を気違いじみた癇癪持ちと感じることは、夫人や子供たちの側からは、そ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫