・・・のみならず、詩作その事に対する漠然たる空虚の感が、私が心をその一処に集注することを妨げた。もっとも、そのころ私の考えていた「詩」と、現在考えている「詩」とは非常に違ったものであるのはむろんである。 二十歳の時、私の境遇には非常な変動が起・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ろうたけた美しさは註するに及ぶまい。――樹島は学校のかえりに極って、半時ばかりずつ熟と凝視した。 目は、三日四日めから、もう動くようであった。最後に、その唇の、幽冥の境より霞一重に暖かいように莞爾した時、小児はわなわなと手足が震えた。同・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ベーアはできるだけエネルギーを節約し貯蓄しておいて、稀有な有利の瞬間をねらいすまして一ぺんに有りったけの力を集注するという作戦計画と見られた。十回目あたりからベーアのつけていた注文の時機が到来したと見えて猛烈をきわめた連発的打撃に今までたく・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・この頃は少し頭の疲れもしずまって来て、注意もやや集注するようになったので、眼のおくれは一層切実に感じられることとなりました。 近日うちにお金もお送り致します。森長さんや九段は例年通りでよろしいでしょう? もう一度は年内にかけますね、・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・経済的・政治的活動に全生活と精力を集注する大部分の組合員と、その一部にはいわゆる文学趣味も滲透している文学サークルの人々との間に、同じ働く人々ながら、現実に向う感情には、いくらかのくいちがいも生じた。一九四六―七年、日本の全産業面に労働組合・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・本を読み出すと、秀麿は不思議に精神をそこに集注することが出来て、事業の圧迫を感ぜず、家庭の空気の緊張をも感ぜないでいる。それで本ばかり読んでいることになるのである。「又本を読むかな」と秀麿は思った。そして運動椅子から身を起した。 丁・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫