・・・そうして目的地に着いて見ると、すぐ前に止まっている第一電車は相変わらず満員で、その中から人と人とを押し分けて、泥田を泳ぐようにしてやっと下車する人たちとほとんど同時に街上の土を踏むような事も珍しくはない。 私はいつもこうした混雑の週期的・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・寒い時分であったと思うが、二階の窓から見ていると黒のオーバーにくるまった先生が正門から泳ぐような格好で急いではいって来るのを「やあ、来た来た」と言ってはやし立てるものもあった。黒のオーバーのボタンをきちんとはめてなかなかハイカラでスマートな・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ 泳ぐ事もできず裸体で川端を横行する事も出来ぬ時節になっても、自分はやはり川好きの友達と一緒に中学校の教場以外の大抵な時間をば舟遊びに費した。 われわれは無論ボオトも漕いだ。しかしボオトは少くとも四、五人の人数を要する上に、一度・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・私は暑いので、すっかりはだかになって泳ぐ時のようなかたちをしていましたが、すぐその白い岩を走って行ってみました。そのあしあとは、いままでのとはまるで形もちがい、よほど小さかったのです、あるものは水の中にありました。水がもっと退いたらまだまだ・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・水に入ってあせって泳ぐなということも強調されていました。そんなこともみんな伝えます。 私が行けないから小包みばかりがノロノロと道中して行くのかと思うと気がもめますね、いつぞやの栄養読本が半月かかったあのでんでは隆治さんは出発してしまいま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・合宿先である福田屋旅館の板前さんまでただごとならぬはりきりかたで、選手のかたは一日一里以上も泳ぐのですから、食事についても十分気をつけてと、もの惜しみしない談話が新聞にのっている。その記事を四、五人の男が珍しそうに大切そうに顔をさしのばして・・・ 宮本百合子 「ボン・ボヤージ!」
・・・「うき世の波にただよわされて泳ぐ術知らぬメエルハイムがごとき男は、わが身忘れんとてしら髪生やすこともなからん。ただ痛ましきはおん身のやどりたまいし夜、わが糸の手とどめし童なり。わが立ちしのちも、よなよな纜をわが窓のもとにつなぎて臥ししが・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・と云って安次は頭の横で泳ぐように両手を振った。「ぐずぐずぬかすな!」 秋三が安次の首筋を持って引き立てると、安次は胸を突き出して、「アッ、アッ。」と苦しそうな声を立てた。「早よ歩けさ。厄介な餓鬼やのう!」「腹へって腹へって、・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫