・・・たとえば江上の杜鵑というありふれた取り合わせでも、その句をはたらかせるために芭蕉が再三の推敲洗練を重ねたことが伝えられている。この有名な句でもこれを「白露江に横たわり水光天に接す」というシナ人の文句と比べると俳諧というものの要訣が明瞭に指摘・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・従って前述の考えにも幾多の変更や洗煉を加える必要の起る事も勿論である。ただこういう立場からもう少し深く考えてみる事も全く無用の業ではあるまいと思っている。更に進んで文学以外の芸術にも同様な考えを拡げて行くのも面白いだろうと思っている。・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・しかしそういう共通点だけから見ると、連句の方はレビューとは比較にならぬほど洗煉されたものである。連句では一景から次の景またその次の景への推移と連絡の必然性によって呼び出される暗示の世界に興味の大半がつながれているが、レビューではそういう連鎖・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ 科学上の真を言明するために使用する言語や記号は純化され洗煉されて、それぞれ明確な意味をもっている。換言すれば有限な数の言語で説明し尽さるべき性質の概念である。漫画家の言語たる線や点や色はこれに反して多次的な無限の「連続」を形成するもの・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・等の中の歌仙とを対比して見ると、私はいかに前者がまだ幼稚で、いかに後者が洗練されているかに驚嘆するものである。それにかかわらず、わが国の映画界や多数の映画研究者・映画批評家はいたずらに西洋人の後塵を追蹤するに忙しくて、われわれの足元に数百年・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・私はまた洗練された、しかしどれもこれも単純な味しかもたない料理をしばしば食べた。豪華な昔しの面影を止めた古いこの土地の伝統的な声曲をも聞いた。ちょっと見には美しい女たちの服装などにも目をつけた。 この海岸も、煤煙の都が必然展けてゆかなけ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・幾世紀の洗練を経たる Alexandrine 十二音の詩句を以て、自在にミュッセをして巴里娘の踊の裾を歌わしめよ。われにはまた来歴ある一中節の『黒髪』がある。黄楊の小櫛という単語さえもがわれわれの情緒を動かすにどれだけ強い力があるか。其処へ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・れの過ぎ去った学生時代を意味深く回想させ、ゴンクウル兄弟が En 18… の篇中に書いた月夜ムウドンの麗しい叙景は、蘆と水楊の多い綾瀬あたりの風景をよろこぶ自分に対して更に新しく繊巧なる芸術的感受性を洗練せしめた。ゾラは『田園』と題する興味・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・その場の切迫した光景と、その時の綿々とした情緒とが、洗練された言語の巧妙なる用法によって、画よりも鮮明に活写されている。どうでも今日は行かんすかの一句と、歌麿が『青楼年中行事』の一画面とを対照するものは、容易にわたくしの解説に左袒するであろ・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・歌舞伎劇にも女の殺される処は珍しくないがその洗練された芸風と伴奏の音楽とが、巧みに実感を起させないようにしている。ここに芸術の妙味が認められる。 しかしわたくしは浅草の芝居の絵看板またその舞台を見て、戦争後の人心の残忍になった反映だとは・・・ 永井荷風 「裸体談義」
出典:青空文庫