・・・生きて行く場面で互が苦しく競り合うものとして現れているとすれば、今日目の前にそういう現象を持ち来している社会的な動機への洞察がいつかよびさまされずにいない。女としての境遇に処するということのうちに、おのずからその境遇に向う自身の態度というも・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・家庭というもののうちにあるそういう煩わしい、幾分悲しく腹立たしい過敏な視線が、若い世代を外へとはじき出していることを、父母たちはどの程度に洞察しているだろうか。 社会の歩みは日本の今日の若い世代を片脚だけ鎖の切れたプロメシゥスのような存・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・私の文学的教養と力量とが、この紛糾と錯綜を、明確に洞察し、整理し得るであろうか。少なからぬ困難が予想されるが、私は読者の忍耐と誠意と自身の熱意とに信頼して、この仕事をやって見る。この人生に明らかな知性と豊かで健全な人間的情熱の発動を熱望する・・・ 宮本百合子 「意味深き今日の日本文学の相貌を」
・・・この平凡な確実なことは、子のないときには理解ができても洞察の度合においてはるかに深度が違ってくる。この深度は作家の作品に影響しないはずがない。宇野浩二氏の『子の来歴』に一番打たれた人々も子のない人に多いのは、観賞に際してもあまりに曇りがなか・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・此の故に一つの批評にして、もしその批評が深き洞察と認識とを以ってわれわれを教養するならば、それは作物のみとは限らず批評それ自身作物となって高貴な感覚を放散し出すにちがいない。そう云う高価な感覚的批評は現れないか。そう云う秀抜な批評的感覚は現・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・程度のことから始まったと自然な洞察を下して、また酒盃をとり上げた。 併し此の噂は村の幾宵を騒がせた。そして、軈て来る冬の仕事の手始めとして、先ず柴山の選定に村人達が悩み始める頃迄続いていった。三 まだ夕暮には時があった。・・・ 横光利一 「南北」
・・・ただ一つ、、彼の洞察した「神を求むる心」あるいは「信じようとする意志」について少しく観察してみよう。「ある者」を信じようとする意志は、人間の自然として、少なくとも性愛と同じ程度の根強さをもって我々の内にわだかまっている。それは恐らく自己・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・この条件が能面の制作家に種々の洞察を与えたでもあろう。しかしいかなる条件に恵まれていたにもせよ、人面を彫刻的に表現するに際して、自然的な表情の否定によって仕事をすることに思い至ったのは、驚くべき天才のしわざであると言わねばならぬ。能面の様式・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
・・・その思索は君の画と同じく深い洞察に充たされ、君の画と同じく不思議な生を捕えている。もとより自分はここに説かれた「思想」が岸田君の画の根柢であるというのではない。岸田君の画の根柢は、君の語をかりて言えば、君自身の「内なる美」である。「精神」で・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
・・・付け焼き刃に白眼をくるる者は虚栄の仮面を脱がねばならぬ、高き地にあってすべてを洞察する時、虚栄は実に笑うに堪えぬ悪戯である。美を装い艶を競うを命とする女、カラーの高さに経営惨憺たる男、吾人は面に唾したい、食を粗にしてフェザーショールを買う人・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫