・・・八 然り、多年の厳しい制度の下にわれらの生活は遂に因襲的に活気なく、貧乏臭くだらしなく、頼りなく、間の抜けたものになったのである。その堪えがたき裏淋しさと退屈さをまぎらすせめてもの手段は、不可能なる反抗でもなく、憤怒怨嗟でも・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・人は生活を赤裸々にして羽毛蒲団の暖さと敷布の真白きが中に疲れたる肉を活気付けまた安息させねばならぬ。恋愛と睡眠の時間。われわれが生存の最も楽しい時間を知るのは寝床である。寝床は神聖だ。地上の最も楽しく最も好いものとして敬い尊び愛さねばな・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・寸ずつを発育し、これをして一方に偏せしめざるをもって教育の本旨となすといえども、もしこの諸能力中の一個のみを発育する時は、たとえその発育されたる能力だけは天禀の本量一尺に達するも、他の能力はおのずから活気を失うて枯死せざるをえず。文字を教う・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・顔は何となく沈んで居て些の活気もない。たしかにこれは死人の顔であろう。見せ物はこれでおやめにした。〔『ホトトギス』第三巻第四号 明治33・1・10〕 正岡子規 「ランプの影」
・・・詩、絵、短篇小説類を集めた大判の雑誌で、それを見ると、彼等の陽気さ、活気、或る時には茶目気をふんだんに感受することが出来ますが、英国で嘗て、ビアーズレー、エーツ等の詩人、画家が起した新運動等は、これらの同人雑誌から期待することは出来ません。・・・ 宮本百合子 「アメリカ文士気質」
・・・ヨーロッパの民衆は平常の表情はだらしないゆるんだ様子をしている者でも、何かまじめに考えたり、行動したりしようという瞬間には、その容貌が一変したようになって普通と違う緊張やある活気機敏さを示す。精神活動の目醒めがすぐそのものとして顔に出て来る・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・松坂以来九郎右衛門の捜索方鍼に対して、稍不満らしい気色を見せながら、つまりは意志の堅固な、機嫌に浮沈のない叔父に威圧せられて、附いて歩いていた宇平が、この時急に活気を生じて、船中で夜の更けるまで話し続けた。 十六日の朝舟は讃岐国丸亀に着・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・水も遣らずに置いたのに、活気に満ちた、青々とした葉が叢がって出た。物の生ずる力は驚くべきものである。あらゆる抗抵に打ち勝って生じ、伸びる。定めて花屋の爺いさんの云ったように、段々球根も殖えることだろう。 硝子戸の外には、霜雪を凌いで福寿・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・ 灸は指を食わえて階段の下に立っていた。田舎宿の勝手元はこの二人の客で、急に忙しそうになって来た。「三つ葉はあって?」「まア、卵がないわ。姉さん、もう卵がなくなってしまったのね。」 活気よく灸の姉たちの声がした。茶の間では銅・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・田植えのころの活気立った農村の気持ちのみならず、稲の苗、田の水や泥、などの感触をまでまざまざと思い起こさせる。 こういう仕方でやがて夏になり、野萩の咲くころとなり、秋に入り、雪を迎え、新年になる。遅い山国の春にも紅梅が咲き、雪が解け、や・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫