・・・風に喰い留められた渦は一度になだれて空に流れ込む。暫くすると吹き出す烟りの中に火の粉が交じり出す。それが見る間に殖える。殖えた火の粉は烟諸共風に捲かれて大空に舞い上る。城を蔽う天の一部が櫓を中心として大なる赤き円を描いて、その円は不規則に海・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・この吉日をとり逃したら又何時ふんだんな人間の涙と呻きが私の喉に流れ込むかしれたものではない。一面濛々とした雲の海。凄じい風に押されて、彼方に一団此方に一団とかたまった電光を含む叢雲が、揺れ動き崩れかかる、その隙間にちらり、ちらり・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 目の下を流れて行く川が、やがて、うねりうねって、向うのずうっと向うに見えるもっと大きい河に流れ込むのから、目路も遙かな往還に、茄子の馬よりもっと小っちゃこい駄馬を引いた胡麻粒ぐらいの人が、平べったくヨチヨチ動いているのまで、一目で見わ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・黎明、朝、ひる間、順々に外光がたっぷり八畳に流れ込む。夜、森とした中で机に向ってい、ひょいと頭を擡げると、すぐ前に在る障子の硝子面、外の硝子の面と、いきなり二重に自分の顔や手つきが映り、不気味になる。――ああ、こんなにすき透し! 泥棒にすっ・・・ 宮本百合子 「春」
・・・坂からの傾斜があるから、泥水はどしどし門内に流れ込む。粘土が泥濘になる。小舎の敷藁――若しあるとして――もぐちょぐちょであろう。斑の、いやに人間みたいな顔付の犬は、小舎の中にも居られず、さりとて鎖があるから好きな雨やどりの場所を求めることも・・・ 宮本百合子 「吠える」
・・・ 朝、日が昇ると一緒に硝子窓から射込む光線が縞に成って寝室に流れ込むほど、建物も粗末だった。 五つの年から、畑のある家で大きく成った泰子は、貸家払底の恐ろしさを始めて味わされた。 其ばかりか、その附近には、幼稚園の中のように子供・・・ 宮本百合子 「われらの家」
出典:青空文庫