・・・空気の流通をよくしなければいけないんです」 すると、女の顔に思いがけぬ生気がうかんだ。「やっぱり御病気でしたの。そやないかと思てましたわ。――ここですか」 女は自身の胸を突いた。なぜだか、いそいそと嬉しそうであった。「ええ」・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・発覚されない贋造紙幣ならば、百枚流通していようが、千枚流通していようが、それは、やかましく、詮議立てする必要のないことだった。しかし一度発覚され、知れ渡った限りは、役目として、それを取調べなければならなかった。犯人をせんさくし出さなければ、・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・そしてその高慢税は所得税などと違って、政府へ納められて盗賊役人だかも知れない役人の月給などになるのではなく、直に骨董屋さんへ廻って世間に流通するのであるから、手取早く世間の融通を助けて、いくらか景気をよくしているのである。野暮でない、洒落切・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・しかし終には燃えてしまうのは空気が少しずつ中を流通している証拠である。 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・地口や駄洒落は床屋以下に流通している時代ではあるまいか。 日本画の生命はこのような低級な芸当にあるとは思われない。近代西洋画が存在の危機に瀕した時に唯一の救済策として日本画の空気を採り入れたのは何故であろう。単に眼先を変えるというような・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・空気の流通がよくてしかも雨やあらしの侵入を防ぐという点では、バーベリーのレーンコートよりもずっとすぐれているのではないかという気がする。あれも天然の設計に成る鳥獣の羽毛の機構を学んで得たインジェニュイティーであろうと想像される。それが今日で・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ もとより下士の輩、悉皆商工に従事するには非ざれども、その一部分に行わるれば仲間中の資本は間接に働をなして、些細の余財もいたずらに嚢底に隠るることなく、金の流通忙わしくして利潤もまた少なからず。藩中に商業行わるれば上士もこれを傍観するに・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・したがって、それらの人々の文学上の流派が――新感覚派にしろ、新心理主義にしろ、当時に何かアッピールするものがあったために、商業ジャーナリズムの上に流通するようになるとともに、同人雑誌の中に自然の生存競争が生じ、数名の「老舗」と、歴史の波間に・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
特に夏期の書斎としての注文も思い当りません。余り明るくなく近くに樹木が欲しく、静かで空気の流通がよい処が書斎として四時の望みです。私は期節のうつりかわりを自分の書斎に導かない方を寧ろこのみます。四辺の自然が異った眺めを与え・・・ 宮本百合子 「四時の変化と関りのない書斎」
・・・ 私は、その書翰集をよみとおす間もなく、再び流通のわるい空気の中に、汗と小便との匂いがつまっている格子の内に、追い下されたのであったが、なかなか感動は消えず、更に一つのことを思い起した。それはゴーリキイが、どうして今日の彼にまで発展する・・・ 宮本百合子 「生活の道より」
出典:青空文庫