・・・『浮雲』の文三が二葉亭の性格の一部のパーソニフィケーションであるのは二葉亭自身から聴いていた。煩悶の内容こそ違え、二葉亭はあの文三と同じように疑いから疑いへ、苦みから苦みへ、悶えから悶えへと絶間なく藻掻き通していた。これが即ち二葉亭の存在で・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・『浮雲』は私の当時の愛読書の一つで、『あいびき』や『めぐりあい』をも感嘆して何度も反覆していたから是非一度は面会したいと思いながらも機会を得なかった。 その頃私が往来していた文壇の人はいくばくもなかった。紅葉美妙以下硯友社諸氏の文品才藻・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・また『浮雲』の如き世論『書生気質』以上であるが、坪内君の合著の名でなかったなら出版する事は出来なかったのだ、出版しても恐らくアレほどに評判されなかったろう。 尾崎、山田、石橋の三氏が中心となって組織した硯友社も無論「文学士春の屋おぼろ」・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・ 青く澄み透った空では浮雲が次から次へ美しく燃えていった。みたされない堯の心の燠にも、やがてその火は燃えうつった。「こんなに美しいときが、なぜこんなに短いのだろう」 彼はそんなときほどはかない気のするときはなかった。燃えた雲はま・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・二日置いて九日の日記にも「風強く秋声野にみつ、浮雲変幻たり」とある。ちょうどこのころはこんな天気が続いて大空と野との景色が間断なく変化して日の光は夏らしく雲の色風の音は秋らしくきわめて趣味深く自分は感じた。 まずこれを今の武蔵野の秋の発・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・抑まだ私などが文筆の事にたずさわらなかった程の古い昔に、彼の「浮雲」でもって同君の名を知り伎倆を知り其執筆の苦心の話をも聞知ったのでありました。 当時所謂言文一致体の文章と云うものは専ら山田美妙君の努力によって支えられて居たような勢で有・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・青く濁った水の面は鏡の如く両岸の土手を蔽う雑草をはじめ、柳の細い枝も一条残さず、高い空の浮雲までをそのままはっきりと映している。それをば土手に群る水鳥が幾羽となく飛入っては絶えず、羽ばたきの水沫に動し砕く。岸に沿うて電車がまがった。濠の水は・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・これらの新道はそのいずれを歩いても、道幅が広く、両側の人家は低く小さく、処々に広漠たる空地があるので、青空ばかりが限りなく望まれるが、目に入るものは浮雲の外には、遠くに架っている釣橋の鉄骨と瓦斯タンクばかりで、鳶や烏の飛ぶ影さえもなく、遠い・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・二葉亭の『浮雲』や森先生の『雁』の如く深刻緻密に人物の感情性格を解剖する事は到底わたくしの力の能くする所でない。然るに、幸にも『深川の唄』といい『すみだ川』というが如き小作を公にするに及んで、忽江戸趣味の鼓吹者と目せられ、以後二十余年の今日・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・そこであの『浮雲』も書いたんだ。尤も『浮雲』以前にも翻訳などはある。今もいったツルゲーネフの『ファーザース・エンド・チルドレン』の冒頭を、少々ばかり訳したことなどもあるが、坪内さんに見せたばかりで物にはならなかった。『浮雲』にはモデルがあっ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
出典:青空文庫