・・・お女中が来て今日はお美味い海苔巻だから早やく来て食べろと言ったが当頭俺は往かないで仕事を仕続けてやったのだ。そんなこんなで前借のこと親方に言い出すのは全く厭だったけど、言わないじゃおられんから帰りがけに五円貸してくれろと言うと、へん仕事は怠・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・自分はちっとも気がつかなかったが、あとで聞いたところによると、先生が海苔巻にはしをつけると自分も海苔巻を食う。先生が卵を食うと自分も卵を取り上げる。先生が海老を残したら、自分も海老を残したのだそうである。先生の死後に出て来たノートの中に「T・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・さて当日の模様をざっと書いて見ると、酒の良いのを二升、そら豆の塩茄に胡瓜の香物を酒の肴に、干瓢の代りに山葵を入れた海苔巻を出した。菓子折を注文して、それを長屋の軒別に配った。兄弟分が御世話になりますからとの口上を述べに何某が鹿爪らしい顔で長・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 僕は障子のはずしてある柱に背を倚せ掛けて、敷居の上にしゃがんで、海苔巻の鮓を頬張りながら、外を見ている振をして、実は絶えず飾磨屋の様子を見ている。一体僕は稟賦と習慣との種々な関係から、どこに出ても傍観者になり勝である。西洋にいた時、一・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫