・・・何でも鵜呑みにしては消化されない、歯の咀嚼能力は退化し、食ったものは栄養にならない。しかるに如何なる案内者といえども絶対的に誤謬のないという事は保証し難い。仮りに如何に博学多識の学者を案内として名所見物をするとしても、その人の所説にはそれぞ・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・そしておそらく古い昔から実質的には今と同じ状態がなんべんとなく少しずつちがった形式で繰り返されながら、あらゆる異種の要素がおのずから消化され同化され、無秩序の混乱から統整の固有文化が発育して来ると、たとえだれがどんなに骨を折ってみても、日本・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・また例えば子供の誤って呑込んだおはじきが消化器系を通過する径路を示すのを見たが、これなどでも消化器というものの本質には少しも触れないで、ただ土管のつながりのようなものとしか思われないように出来ていた。勿論これらはほんの素人の慰み半分の小型映・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・命の親のだいじな消化器の中へ侵入しようとするものを一々戸口で点検し、そうして少しでもうさん臭いものは、即座にかぎつけて拒絶するのである。 人間の文化が進むに従ってこの門衛の肝心な役目はどうかすると忘れられがちで、ただ小屋の建築の見てくれ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ 胃の腑の適当な充血と消化液の分泌、それから眼底網膜に映ずる適当な光像の刺激の系列、そんなものの複合作用から生じた一種特別な刺激が大脳に伝わって、そこでこうした特殊の幻覚を起こすのではないかと想像される。「胃の腑」と「詩」との間にはまだ・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・で食物をつッつきまぜ返して消化液をほどよく混淆させるのだそうである。ここにも造化の妙機がある。またある虫ではこれに似たもので濾過器の役目をすることもあるらしい。 もしかわれわれ人間の胃の中にもこんな歯があってくれたら、消化不良になる心配・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・から幾度となく朝鮮や支那やペルシアやインドや、それからおそらくはヘブライやアラビアやギリシアの色々の文化が色々の形のチューインガムとなって輸入され流行したらしいのであるが、それらが皆いつの間にか綺麗に消化されてしまって固有文化の栄養となった・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・飯が消化せられて生きた汁になって、それから先の生活の土台になるとおりに、過去の生活は現在の生活の本になっている。またこれから先の、未来の生活の本になるだろう。しかし生活しているものは、殊に体が丈夫で生活しているものは、誰も食ってしまった飯の・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・好悪は理窟にはならんのだから、いやとか好きとか云うならそれまでであるが、根拠のない好悪を発表するのを恥じて、理窟もつかぬところに、いたずらな理窟をつけて、弁解するのは、消化がわるいから僕は蛸が嫌だというような口上で、もし好物であったなら、い・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ただ、その消化如何にあるのである。 西田幾多郎 「国語の自在性」
出典:青空文庫