・・・ 西部の人として強い血気を蔵していた両親の娘であるアグネスの曠野育ちらしい血気は、一口にアメリカの女といってもボストンあたりの淑女とは質が違っている。腰にピストルをつけ、カウボーイと馬に騎り、小学生のときからひとの台処で働かねばならなか・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・は彼女のような所謂ちゃんとした「淑女」でさえもどんなに「ちゃんとした結婚」への騒ぎに対しては皮肉と憐憫とを感じていたかを語っている。またイギリスの最も傑出した作家の一人、サッカレーの作品はその傑作「虚栄の市」の中で、光彩陸離と、なり上り結婚・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・何不自由ない淑女であるフロレンスがもとめているものは、一体何なのだろう。 彼女は自分のうちに、正に燃え立って焔となろうと願っている一つの激しくせつない欲望を感じているのであった。一人の女として、自分の全心をうちこんでやれるような意義のあ・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・中流生活者の経済的窮迫は世界的な事実であり、知識階級の男女が自分のうけた教養を活かす余地なく教養の程度としては低い労働にも従わなければならない現実は、日本の婦人の就職率にもあらわれ、専門学校出の淑女より却って女学校、下って高等小学出の娘さん・・・ 宮本百合子 「短い感想」
・・・をよめば、良人に全生活を庇護されてゆくように、その幸福を飾る花であることを目的としたまとまりないいわゆる淑女の教養きり身につけていない善良で気品ある女が、いったん逆境に陥って燃える母の心から終に馬車のわだちの下で命をおとす悲劇を、自分の妻に・・・ 宮本百合子 「ものわかりよさ」
・・・一枚の成人教育課程終了者群の写真も無い。淑女紳士の写真だけである。足の下には敷かぬ絨毯を前景に拡げ、背後の蔦とともに綺麗に並んだトインビー・ホール居住人――数ヵ月の社会事業見習期間を終った「社会事業家」が監督を中央に記念撮影している。 ・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・時には顕官や淑女がその邸宅の石門に与える自身の重力を考えながら自働車を駈け込ませた。時には華やかな踊子達が花束のように詰め込まれて贈られた。時には磨かれたシルクハットが、時には鳥のようなフロックが。しかし、彼は何事も考えはしなかった。 ・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫