・・・一種の淡白な味を味わってみる事は虚心な鑑賞家に取って困難ではないだろう。この人の絵をだんだんに突きつめて行くと、結局マルケエなどのような方面へ行きはしないかという気がする。 津田氏の日本画は一流のものであるが、今年の洋画はただの一点・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・梨花淡白柳深青 〔梨花は淡白にして柳は深青柳絮飛時花満城 柳絮の飛ぶ時 花 城に満つ惆悵東欄一樹雪 惆悵す 東欄一樹の雪人生看得幾清明 人生 看るを得るは幾清明ぞ〕 何如璋は明治の儒者文人の間には重・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・日本という庭園的の国土に生ずる秩序なき、淡泊なる、可憐なる、疲労せる生活及び思想の、弱く果敢き凡ての詩趣を説明するものであろう。八 然り、多年の厳しい制度の下にわれらの生活は遂に因襲的に活気なく、貧乏臭くだらしなく、頼りなく・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・けれども先生の性質が如何にも淡泊で丁寧で、立派な英国風の紳士と極端なボヘミアニズムを合併したような特殊の人格を具えているのに敬服して教授上の苦情をいうものは一人もなかった。 先生の白襯衣を着た所は滅多に見る事が出来なかった。大抵は鼠色の・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・――ところが今の若い人は存外淡泊で、昔のような感激性の詩趣を倫理的に発揮する事はできないかも知れないが、大体吹き抜けの空筒で何でも隠さないところがよい。これは自分を取り繕ろいたくないという結構な精神の働いている場合もありましょうし、また隠さ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・人は、無稽の幽冥説に惑溺すること、はなはだ少なしといえども、その、これに惑溺せざるは、ただ一時仏者に敵するの熱心に乗じたるものにして、天然の真理原則を推究したる知識の働に非ざるがゆえに、幽冥説に向って淡白なるほどに、物理においてもまた自から・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・桟橋の句が落ちつかぬのは余り淡泊過ぎるのだから、今少し彩色を入れたら善かろうと思うて、男と女と桟橋で別を惜む処を考えた。女は男にくっついて立って居る。黙って一語を発せぬ胸の内には言うに言われぬ苦みがあるらしい。男も悄然として居る。人知れず力・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・○くだものの嗜好 菓物は淡泊なものであるから普通に嫌いという人は少ないが、日本人ではバナナのような熱帯臭いものは得食わぬ人も沢山ある。また好きという内でも何が最も好きかというと、それは人によって一々違う。柿が一番旨いという人もあれば、柿・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・兄妹がいて、それぞれ学校生活をしていたり勤めたりしている人たちでも、なかなか互の友人たちを家庭の内で紹介しあって、淡白に愉快につき合ってゆくという習慣はできていない。家庭の雰囲気と若い男女たちの生活感情との間に見えないギャップがあって、相当・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・類型的でなくなる努力、淡泊さ、見栄え等を本当のものにする精進、性の上から来る色々の欠陥と不自由、それから脱出する苦悶――女性は芸術の種を実に沢山持ってはいるが、然しそれを植えつけ、花にすることの困難をもっています。其処に女性として永久的な苦・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
出典:青空文庫