・・・の恐しさを思い知られ、「さてはその蝙蝠の翼、山羊の蹄、蛇の鱗を備えしものが、目にこそ見えね、わが耳のほとりに蹲りて、淫らなる恋を囁くにや」と、身ぶるいして申されたり。われ、その一部始終を心の中に繰返しつつ、異国より移し植えたる、名も知らぬ草・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・しんとした夜の静かさの中で悪謔うような淫らな女の潜み笑いが聞こえた。邪魔の入ったのを気取って女はそこに隠れていたのだ。嗅ぎ慣れた女の臭いが鼻を襲ったと仁右衛門は思った。「四つ足めが」 叫びと共に彼れは疎藪の中に飛びこんだ。とげとげす・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・死者を納れる石棺のおもてへ、淫らな戯れをしている人の姿や、牝羊と交合している牧羊神を彫りつけたりした希臘人の風習を。――そして思った。「彼らは知らない。病院の窓の人びとは、崖下の窓を。崖下の窓の人びとは、病院の窓を。そして崖の上にこんな・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・彼らは鐃や手銅鼓や女夫笛の騒々しい響きに合わせて、淫らな乱暴な踊りを踊っている。そうしてその肉感的な陶酔を神への奉仕であると信じている。さらにはなはだしいのは神前にささげる閹人の踊りである。閹人たちは踊りが高潮に達した時に小刀をもって腕や腿・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫