・・・そのころから漱石先生に俳句を作ることを教わったが、それとてもたいして深入りをしたわけではなかった。 自分の少青年時代に受けた文学的の教育と言えば、これくらいのことしか思い出されない。そうして、その後三十余年の間に時おり手に触れた文学書の・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ なんべん読んでもおもしろく、読めば読むほどおもしろみの深入りする書物もある。それは作ったもの、こしらえたものにはまれで、生きたドキューメントというような種類のものに多いのはむしろ当然のことであろう。 二、三ページ読んだきりで投げ出・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ 社会の風教を乱すような邪教淫祠、いかがわしい医療方法や薬剤、科学の仮面をかぶった非科学的無価値の発明や発見、そういうものに世人の多くが迷わされて深入りしない前にそれらの真価を探求したい。官衙や商社における組織や行政の不備や吏員の怠慢に・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・幸いに彼の話を受け容れることができさえすれば、道太自身にももっとこの問題に深入りすることができるかもしれないと思った。 二人はいくらか気が安まったらしく、やがて引き取っていった。「どうもお世話さま」道太は茶碗を片づけに来たお絹に言っ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・知り、早々にその座を切上げて不体裁の跡を収め、下士もまた上士に対して旧怨を思わず、執念深きは婦人の心なり、すでに和するの敵に向うは男子の恥るところ、執念深きに過ぎて進退窮するの愚たるを悟り、興に乗じて深入りの無益たるを知り、双方共にさらりと・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・そして、憐れな魂は、暗澹たる故郷への郷愁と、懣怨と、一層深入りした我執との裡に転々して、呪を発するのでございます。彼等の最終の呪文は、我国古来の美風を忘れて、徒に浮薄な米国婦人等に其の範をとるのは杞うべき事、恥ずべき事である、と云うのに終り・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 実に屡々、これと大差ない奇怪な感情の陶酔に貫かれながら、どこにも統一のない彼女の生活は、だんだん彼女の年と、境遇とに比べて、有り得べからざる陰気さの中に、深入りして行った。 下手な、曲ったような字で、心が唸りを立てるほど漲って来る・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ その体の良い仮面をかぶった悪いたくらみを深入りさせないうちに追いはらおうとしたのであろう。 私は、ちょんびりも、そう云う気持は持って居なかったけれ共、彼等が生れるとから、両親が町の地主にいじめられ、いろいろの体の好い「罠」に掛けら・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫