・・・ だが、この陰翳に富んだ、逆説的な分子のこもった会話は、当時のゴーリキイが民衆、学生、デレンコフや彼自身の関係に対して抱いていた複雑な感情の深淵を何と微妙な閃光で我々に啓いて見せることであろう。 これは、ゴーリキイが、セミョーノフの・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・材木が運び始められる頃から、誰が建築をするのだろうと云って、ひどく気にして問い合せると、深淵さんだと云う。深淵と云う人は大きい官員にはない。実業家にもまだ聞かない。どんな身の上の人だろうと疑っている。そのうち誰やらがどこからか聞き出して来て・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・――そこにはいのちの美しさが、波の立たない底知れぬ深淵のように、静かに凝止している。それは表に現われた優しさの底に隠れる無限の力強さである。人間のあらゆる尊さ美しさは、間髪をいれず人間の肉体によって現わされ、直ちに逆に、人間の肉体を人間以上・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・それはただ自分の智慧が臆測の光を投げ込むに過ぎない底知れぬ深淵である。しかしその深淵のすみからすみまで行きわたっているある大いなる力と智慧との存在する事を、そうしてその力と智慧とが敏感な心に一瞬の光を投げることを否むわけに行かない。我々は不・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫